橙の巻物

□右と左
2ページ/5ページ

――2週間。

始めそれは、短い期間に思えた。

しかし1日、2日と一人で過ごすうちに、とても長い期間なのだ…と改めて実感した。

仕事をしているうちはいい。

問題は夜だ。

チリンチリ…ンと音をさせて、鍵を開ける。

光があるはずの、温もりがあるはずの、その部屋には、…何もない。

辛うじて部屋に残るコージの匂いだけが、アラシヤマを安心させていた。

自然と体の力が抜けていくのがわかる。

「…ただいま、コージはん…」

部屋の主はいないが、なんとなく呟くのが日課になっていた。

…今頃Y国のどこらへんにいてるんやろか…。

そんなことを思いながらソファーに座る。

…怪我してへんとえぇけど…。

ふと、左端に座っていることに気付き、真ん中に座り直す。

コージはんいてへんのや…真ん中に座ってもえぇんや…。

いつもアラシヤマは左端に座っていた。

自分の右側にはコージがいて。

だから、右側を空けて座る。

いつの間にか、習慣になっていたようだ。

苦笑して真ん中に座ると…何故か落ち着かない。

一人だから?

…そうではなくて。

真ん中が、落ち着かない。

そしてやはり、左端に座る。

…不思議と落ち着く。

妙に広い右側が、気になるけれど。

自分の居場所はここなんだ…と、息をついて目を閉じる。

そういえば…一人でベッドに寝ている時も、右側を空けていた。

コージの枕を使って、真ん中に横になるのに、朝目覚めると左端にいる。

いつもならそこにあるはずの巨体がないことに気付き、少し寂しく感じながら起きていた。

きちんと空けられた、右側のスペースを見つめながら。

――あぁ…アカン。

不意に視界が滲む。

いつの間にか、自分は。

こんなにも必要としていて、…こんなにも、愛していて…。

今まで一人で過ごしてきた年月は、2週間の比ではない。

…それが、今は。

たった数日一人で過ごしただけで、こんなにも心細く、とてつもなく寂しく…。

「…コージはん…」

ソファーの右側に摺り寄って、背もたれに体を預ける。

『どうしても寂しゅうなったら、わしのパジャマを着て寝てもえぇけぇな』

広い胸の中で聞いた言葉を思い出した。

…そない子供みたいなこと…。

そう思いながらもアラシヤマは、…コージのパジャマに腕を通していた。

「………」

自分には大きすぎる…、袖も裾も余っている。

いつもこんな大きなコージに包まれて、抱きしめられているのかと思うと…顔が赤くなるのを感じた。

そして今夜はコージの匂いに包まれていると思うと…心が暖かくなるのを感じた。

「…おおきに、コージはん…」

こうなることを見透かされているようだった。

それでもアラシヤマはコージの枕を抱いて、お礼の言葉を呟いた。

コージが帰ってくるまでは、せめて夢の中で逢えるように。

コージのパジャマを着て、コージの枕で眠る。

自分の右側は、愛しい人を想い、しっかりと空けて…。
 
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ