last night
□第十一夜
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・・・・・・まだ俺が"ジン"だと明かすタイミングではないな・・・・・・。
なんとなくそう察したヒトシは、軋む階段を一歩ずつ降りながら、誰に見せるわけでもないが、苦い笑みを浮かべる。
セツナの気持ちも、タカオの気持ちもある程度知っているつもりではいた。
しかし、セツナの中でタカオという存在が、確かに大きくなっていることがわかってしまったからには、これ以上彼女を悩ませたくはない。
・・・・・・本当に、俺はあいつに甘かったんだな・・・・・・。
かつて、あどけない笑顔で自分の後を付いてきた少女が脳裏に浮かぶ。
しかし、もう幼き日の彼女はどこにもいないのだ。
"少女"という殻を破り捨て、今まさに大人への道を歩もうとしているセツナに、自分がしてやれることは、陰ながら支えてやることだと考える。
だから答えは教えずとも、彼女が答えを探すための手がかりは示したい。
しかし、その手がかりのヒントとなる麒麟のことについて、ヒトシはあまり詳しくはない。
確かに伝説から消された聖獣や、その能力のことを、随分昔に恩人には聞いてはいたが、更に詳しく知る必要があるのだ。
その為に、この家の主を探しに来たのだが・・・・・・。
「・・・・・・どうなってるんだ・・・・・・?」
一通り歩き回ったが、かつて自分が暮らしたときとはまるで様子の違う家に、ヒトシは驚きを隠せないでいた。
片付けのされていない、埃の溜まった部屋。
放置されたままの洗濯物に、皿や鍋。
カレンダーはめくり忘れられており、電話の留守電の件数は恐ろしいことになっている。
試しに再生ボタンを押せば、最新のメッセージが流れ出す。
「・・・ザザッ・・・・・・セツナ、帰ってるか?・・・ザッ・・・・・・また、連絡する・・・・・・ザ・・・・・・ピー・・・・・・。」
「・・・・・・この声・・・・・・進、さん・・・・・・もうずっと家を空けているのか・・・?」
ふとテーブルに目を移せば、そこには置き手紙が1枚ある。
セツナに宛てられたその筆跡から察するに、彼女の母親が書いたものだということはすぐにわかった。
「"母さん"も・・・・・・一体、俺が居なくなってから、どれほどセツナは・・・・・・。」
セツナの置かれた状況を目の当たりにし、あちらの世界で彼女が"疾風のジン"であった自分にあのような態度をとった理由が漸くわかった。
詳しいことはセツナ本人に聞かなければわからないが、きっと、自分が想像しているよりもずっと、彼女は孤独だったに違いない。
そして、その孤独さ故に、兄を血眼になって探していたのだろう。
その為に、ベイブレードの存在すら知らなかった彼女が、あそこまで力を付け、並大抵の努力を惜しまず、生半可な覚悟を棄てたのだということに気付かされた。
・・・・・・そして、その強さの根っこには、きっと兄である自分と再会するという目的があったに違いないということも。
しかし、彼女の為にも、やはり自分は正体を明かすわけにはいかない。
何故ならセツナの強さは、"兄と再会する"という願いがあってこそのものだろうと考えるだからだ。
仮にセツナが自分の正体を知ったときは・・・・・・彼女は勿論のこと、BBAのメンバーにいかなる影響も与えないわけがないと言い切る自信があった。
そのために自分は、"BBAチームの監督"でありつづけなければならないのだ。
「・・・・・・。」
ヒトシは踵を返し、二階へ続く階段に足を掛けた。
部屋に戻れば、ぐっすりと眠るセツナの頬にうっすらと涙の跡が残っていることに気付く。
身を屈めてそっと触れ、優しく撫でれば、切ないくらいに気持ちが溢れだしてきた。
・・・・・・ああ、こんな気持ちだったんだな。
お前は。
「・・・・・・セツナ。」
「・・・・・・。」
そっと、唇が重なりそうな程顔を近付けて、目を瞑る。
「カイ・・・・・・」
「・・・・・・。」
ピタリと、寸でのところで身体が止まった。
「・・・・・・ハハッ。」
何をやっているんだ、自分は。
ぐしゃりと前髪をかき揚げ、セツナから離れたヒトシは、近くにあった椅子に座り、じっと俯くのであった。