last night
□第十夜
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「おい、カイ!!」
タカオの声なんかまるで聞こえないかのように、スタスタと遠ざかっていく足音。
・・・・・・今、行かなきゃ・・・・・・もう、
ぐちゃぐちゃになった脳が、勝手に身体に指令を与え、気付けば私は駆け出していた。
「カイっ・・・違うの!!」
タカオの前でやってはいけないことなんて、わかっているつもりだった。
でも、それよりもこの人の信頼を無くす方がよっぽど怖いということに気付いてしまって、距離を詰める。
しかし・・・・・・
「触るな!!!」
「っ!!」
思わず伸ばした腕を止めた。
腕だけじゃない。
足も、喉も、カイの言葉で動くことを赦されなくなったかのように、自分の意思でどうすることもできなくなってしまった。
「・・・・・・貴様が俺と来なかった理由が、よくわかったぜ。」
「・・・・・・。」
涙すら流せない私は、今度こそ本当にその背中をただ見送ることしかできない。
嘘でしょ・・・・・・?
こんなにも、脆かったっけ・・・・・・?
「・・・・・・セツナ。」
暖かな感触が手を包む。
すると忽ちそこから力が抜け、私は座り込んだ。
吐き気も目眩も酷い。
ボロボロと涙が勝手に出て来て、全てがどうでもよくなる。
「・・・・・・その、・・・・・・俺・・・・・・」
「・・・ない・・・。」
「え・・・・・・?」
「何も・・・わかってない・・・・・・!!私が、どんな気持ちで・・・・・・ここに残ったか・・・・・・!!」
BBAチームが大好きで、ずっと皆といたくて・・・・・・だから、ここに残って守ろうと思った。
私達の居場所を。
・・・・・・でも、こんなことになるなんて思ってなかった。
「あー、わかんないね。少なくともおいらにゃ関係ないしな!」
「!!」
「大地!!」
「ったく、おせえから見に来てみりゃ、何やってんだよおめぇら。」
「うるせー、今行こうとしてたんだよ。」
「へっ。でもこいつは無理みたいだぜ?」
「・・・・・・。」
大地君が小馬鹿にしたように私を見下ろす。
力の入らない目で見るも、彼の視線は既にタカオに移されていた。
「監督が言ってたぜ。お前らどっちかを降ろすってな。」
「「!!」」
「ま、あんなバトル見せられちゃ当然だな。」
「おい、待てなんだよそれ!?補欠のセツナはともかくとして、なんで俺まで降ろされるかもしんねえんだよ!?」
「何言ってやがんだ。そんなのお前が無茶苦茶言ってルールを変えた挙げ句、惨めに負けたからに決まってんじゃねーか!!」
「っ!?な、なんだと!?」
「なんだよ、やるか!?あんな大したことねえバトルする奴に、負けたりなんかしねえけどな!!」
「てめぇ・・・っ!!黙れっ!!」
「図星だろ!?やーい、弱虫タカオーっ!!」
「うるせぇっ!!やい大地!!もういっぺん言ってみやがれ!!」
「へんっ、おいらは間違ったことは言ってねーよ!!」
「こんのぉっ・・・・・・!!」
「やめてよ二人とも!!!」
悲鳴に似た声で叫べば、二人の視線がこちらに集中する。
タカオは息を荒くし、今にでも大地君に掴みかかりそうだ。
「・・・・・・話をしに行こう・・・ヒトシさんと。」
「なんだよ!?お前も降ろされるかもしんねぇんだぞ!?」
さっきまでの調子はどこへ行ったやら。
私を気遣っていた筈の彼は、すっかり攻撃モードに切り替わり、荒んだ態度を見せてくる。
「・・・・・・自分の落ち度はわかっている。」
「へっ!じゃあお前もとうとうBBAチームから抜けるんだな。」
「・・・そんなこと言ってない。」
「じゃあ俺を見てくれるのかよ!?」
「なんでそうなるん・・・!!・・・・・・やめてよ、こんなところで・・・・・・。」
「話を逸らそうとすんじゃねえっ!!」
「っ、逸らしてなんか・・・・・・!!」
力の入らない身体をなんとか持ち上げ、よろよろと立ち上がる。
すると丁度そのとき、廊下の向こうから賑やかな話し声が聞こえてきた。
「しかし、まさか世界チャンプに勝てるとは思わなかったぜ。」
「やったねライ兄!!おめでと♪」
「一番の強敵が躓いてくれたお陰で助かったぜ!!」
この声・・・バイフーズ・・・・・・。
そちらに目を向けると同時、向こうも私達に気付いたようで、会話が止まる。
端を歩いていたレイが、私達を鋭い目で睨んでいた。
まるで、あのバトル自体を責めるかのように・・・・・・。
「・・・なんだよ!?」
タカオが不機嫌そうに問いかければ、ライは勝ち誇ったように息を漏らした。
「ふん、それでも世界チャンプか。木ノ宮。・・・それに、セツナ。」
「!!!」
「っんだとぉ!?」
既に頭に血の昇っていたタカオは、ライに飛びかかろうとする。
しかし、咄嗟に二人の間にレイが入り、タカオは舌打ちをした。
レイはそんなタカオを、今まで見たこともないような厳しい目で睨み付ける。
「・・・・・・今日の勝利は本物の勝利じゃない・・・!!」
「・・・っ・・・・・・!!」
タカオの足が僅かにすくんだ。
それほどに、レイの瞳は私達に訴えかけていた。
タカオや私とのバトルで・・・・・・"本物の勝利"を掴むことを目標にし、BBAチームを抜けるという、苦渋の決断をした彼の・・・・・・やるせない怒りが、心臓を貫くようにひしひしと伝わってくる。