next night
□第十一夜
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私達はそれから数日ほど、ハードなトレーニングを続けた。
最初はあれだけ筋肉痛に悩まされていたというのに、いまではまるでそれが感じられない。
手も足もなんだか物凄く逞しくなってきたのが分かる。
しかし、日が経つに連れて、最初は嬉しい気持ちで溢れていたはずなのに、どこか物足りなさを感じるようになるという経験を、私はここに来て初めて味わうことになる。
ある日お風呂に入った後、鏡の前で力こぶを見ていると、キリがジーっと見つめていることに気付く。
「ほら見てよキリ!!今までに無いくらい筋肉ついた!!これなら木刀も軽々と振れるわ!!」
『・・・・・・それは何よりだ。が、僕の成長があまり著しくない原因は分かっているな?』
「・・・・・・。」
そう。
私は確かに強くなっているし、キリもそれに伴って成長はしている。
しかし、以前この世界へ来たときよりも、キリの成長速度がゆっくりなのだ。
勿論、その原因は分かっている。
「内面の成長・・・。」
キリがこくりと頷く。
前回と違い、私は特定の人物とのバトルしか行っていない。
故に、幅広い視野や新しい発見を手に入れることに手こずっているのだ。
それだけじゃない。
ここのところ何もかもが平和・・・いや、それはそれでいいことなんだけれど、トレーニングばかりの日々が続いているせいで、どうも身体が疼くのだ。
レイに言わせてみればそれが"ブレーダーの本能"らしく、どことなく皆もうずうずしているのがわかる。
もう私達は後に引けないくらい、強くなることに貪欲になりかけているのかもしれない。
BBAのガッチガチのセキュリティで固められた部屋で、私は明日の予定を確認していた。
そして、隣の部屋にいるカイ(大転寺会長に頼んでくれたらしく、一緒に泊まってくれるようになった)を訪ねた。
ここ最近、二人でやることは大体決まっている。
「今日はあと一時間だけだね。」
「フン。」
スタジアムに立ち、ベイブレードをシュートする。
カキンッ、ガッ、ガガガガガガ・・・
すっかり馴染んだ光景を見ながら、最近あんまり彼と触れ合う機会が少ないことを思い出す。
一緒にいる時間はこんなにも長いのに、片付けなければならないことや、やらなければならないことが多すぎて、お互いに前を向きすぎているのだ。
きっとこれも、キリがなかなか大きくならない原因の一つなのだろう。
「・・・って、あああっ!!」
気付いたらスタジアムアウトをしてしまい、頭を抱えた。
「・・・調子が悪いのなら寝ろ。」
「ち、ちがっ・・・悪くないよ!ちょっと考え事してただけだもんっ・・・。」
「考え事?」
カイの眉毛がピクリと動いた。
「バトルをそっちのけに出来るほど大事なことか。」
「うっ・・・大事だよ。」
だって、私達のことだし・・・。
と小さく溢せば、カイは複雑な表情を浮かべていた。
「・・・最近あんまり、き・・・キスとかしてないし・・・。」
「・・・・・・。」
カイは私に近付くと、短い口付けを落とした。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
これで満足か?とでも言いたそうな顔をされるが、全然そんなことあるはずがない。
でも、いやいや違うよそれ、なんて言える勇気もなく、私は下を向くことしか出来なかった。
案の定、目の前で軽く息を吐く音がして、カイは私に背を向けた。
「・・・悪いが、流石に構ってられん。」
「・・・・・・っ」
その言葉が、鈍い痛みを胸に与えた。
結局その日、私達はそれぞれに練習をして寝ることになった。
決して喧嘩をしたわけではない。
それでも、なんとなく顔を合わせるのが辛くて、おやすみなさいも碌に出来なかった。
『馬鹿だな。』
「・・・うるさい。」
ベッドに入るとき、キリがわざわざ実体化して呟いた。
「なんっでこう、上手く行かないかなぁ・・・。」
この間大幅に進展したと思ったのに、最近は全然だ。
『恋は思いが通じるまでが最高潮、とも言うしな。』
「・・・・・・。」
『よくわからんが、そういう時期も人間にはあるのだろうな。ま、お前らに限って終わるようなことは無いと思うがな。』
「・・・・・・。」
『しかし、セツナ。一つだけ教えておくが、恋がたった一つの、一回きりで終わるとは限らないからな。・・・同時に恋をすることもあれば、何度だって復活するものもある。無論、当人達次第だがな。』
「・・・何それ、私達終わるの前提なわけ?」
『そうは言ってないだろう。』
「・・・・・・。寝る。」
遂にはふて寝してしまう始末だった。