長いお話

□わが家のワンコ
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「じょーん!ただいまー!!」

そう言って玄関を開けると待ってましたとばかりに走り寄ってくる可愛い愛犬。
抱き上げると甘えたように首元を舐め始めた。

「あははっ!ちょっくすぐったいって!こらっ!やめろっ…!ご飯用意してあげらんないだろ!」

その言葉を聞いた瞬間ピタッと大人しくなるジョン。
床に下ろしてやると、早く早くと言わんばかりに餌入れを咥えておすわりをし始めた。

「全く現金なんだから。ほらたんとお食べ。」
ドックフードを注いでやると無我夢中で食べ始めるジョン。その頭を軽く撫でて、俺も着替えることにした。

ジョンを拾ったのは1週間程前、急な通り雨で濡れながら家に帰っていると、マンションの植え込みで丸まりながら凍えてる茶色の子犬を見つけて。
俺に気づいて小さく、くぅんと鳴くと力無く横たわった。
その犬を放っておく事なんて出来なくて…。
思わず連れ帰ってしまった俺。
体を拭いてあげ、急いで買ってきたドックフードをあげると、最初は戸惑ったように中々口にしなかったワンコ。

けれど空腹に勝てなかったのか、今度は恐る恐るドックフードを口にし始めた。
そこからは食欲に火がついたのか一瞬で平らげ、満足そうにするわんちゃんが、何だか可愛くて。

頭を撫でるともっと撫でてと言うように頭をクリクリ押し付けてくる可愛い姿に完全にノックアウトされてしまった。
こうして、ワンコを迎える事になった俺。
犬なんて遠い昔に実家で飼ったことしかなかったから、世話なんてできるか心配だったけど、ワンコは中々聞き分けがよかった。
まるで言葉がわかってるのだろうかと思う程、一発で言う事を聞いてくれるワンコに、手を焼く事なんて全然なくて。
一人寂しく過ごしていた俺に寧ろ癒しをくれたんだ。
そんな事に本人は気づいてないんだろうけどね。
お腹がいっぱいになってうつらうつらし始めるジョンの頭をそっと撫でる。可愛いなぁ。
ジョンと小さく名前を呼んでみる。
すぐさま目を瞑ったまま耳をピクピクさせて反応するジョン。
ジョンという名前は本人が一番気に入ったのを付けた。
最初はベンにしようかと思ったんだけど、中々反応してくれないから、思いつくだけ名前を並べてみたら、ジョンと呼んだ時だけワンと元気よく返事したから。
それで、ジョンと名付ける事にした。ジョンは…昔飼ってた犬の名前だから俺としては少し複雑だったけど。


「おい!ミノー!今日飲みに行かないかー?」
仕事が終わって、急いで帰り支度をしているとキュヒョン先輩と同僚のキボムがそう声をかけてきて。

「キュヒョ二先輩すいません。今日はちょっと早く帰らないと行けなくて。」
「先輩無駄ですよ。こいつ最近犬飼い始めたとかで誘っても全然こないんだもん。」

そうキボマに少し呆れ気味に言われてムスッとする俺。

「しょうがないだろ!だって可愛いんだもん!うちのジョン見てから言えよ!めちゃ可愛いんだから!」

そう言ってスマホで撮った写真を見せようとすると、あぁいいから。見せなくていい。とうざったそうに足蹴にするキボマ。
そんなやりとりを失笑しながら見ていたキュヒョニ先輩がまぁ、程々にな!あんま構い過ぎると彼女にふられるぞーと言い残し、笑いながら2人とも帰っていった。

全く余計なお世話ですよ。…彼女とはとっくに別れたし。
そんな事を思いながら、帰りの電車に乗り込む。
ジョンを拾ったのは彼女に別れを告げられた頃と重なって。
だからこそ感傷に浸ってる時に無邪気にやってきたワンコが無性に可愛く思えたのかもしれない。
俺、彼女の考え過ぎて仕事が手につかないなんて事なかったのに。
ジョンの事になると、1人で寂しがってないかとか仕事中いつも気が気じゃなくて。
仕事が終わると文字通り飛んで帰る日が続いたんだ。

ラッシュ時は過ぎたとはいえ、電車は座席が空いてなくて。
仕方なくつり革に捕まり、最寄り駅まで電車に揺られる。
はぁー、今日も疲れたなぁ〜。仕事の疲れも、対人関係のストレスもジョンを見れば一気に吹っ飛ぶはず。
そんな事を思いながら重い体を引きずって玄関の扉を開ける。

「ただいまぁー!ジョンいい子にして…」

「みのぉー!おかえりぃー!!!」

「えっ…ええええっ!!」

そこで嬉しそうに抱きついてきたのは、可愛い俺の愛犬ではなくて少し小柄の少年だったんだ。


「それで…君は誰なの?」

「だからジョンだっていってんじゃん!」

そう目の前の少年は言葉を返してきて。はぁ…これじゃラチがあかない。

とりあえずものすごい勢いで抱きついてくるその子を宥めてイスに腰掛けさせて問いただす事数分。
さっきからこれの繰り返しだ。
…なんか疲れがどっと湧いてきたかも。はぁと大きくため息をつくと、なんで信じてくれないんだよぅと泣きそうな顔をする少年。

「この首輪だってミノがくれたやつだろ?ミノが俺の尻尾がもふもふして気持ちいからって撫でたがるのも、肉球の匂いが香ばしいっていって嗅ぎたがるのも全部覚えてるんだ!これでも俺がジョンだって信じてくれないの?」

「…。」
確かに彼の首にされてるのはジョンにはめてあげた首輪だし、今のエピソードを知ってるのは彼がジョンだからな訳で。
かといって目の前の光景を、はいそうですかってどうやったら信じられる?

「…わかった。百歩譲って君がジョンだったとしよう。でもどうしてこんな事に?」

その質問を待ってましたと言わんばかりに張り切って答える自称ジョン。

「俺、ミノに拾ってもらった事凄く感謝してるんだっ。どうしても自分の口でお礼が言いたくて。
それに…ミノずっと彼女って人の事懐かしそうにしてたから。恋しそうにしてたから。
俺が人間なら代わりになれるかもしれないのにってずっと思ってたんだ。
だから夜寝る前に神さまにお願いしてた、俺を人間にして下さいって。
そしたらさ!びっくりだよなぁ。
本当に叶っちゃうんだからさ!
なぁ、ミノ!俺を拾ってくれて本当にありがとう!俺ミノんちの子になれて本当に幸せだよ!」

そう言って俺の手をギュッと握ってくるジョン。
嬉しそうにニコニコと笑う顔は何処となくワンコのジョンに面影が重なって。
あぁ、眩暈がしそう。…こんな夢物語みたいな事本当にあるんだなと…戸惑いながらも、俺は目の前の光景をなんとか現実として受け止める覚悟を決めたんだ。
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