長いお話

□人魚姫
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海の中は、色々な音に溢れてる。
波の打ち寄せる音や、魚達が泳ぐ音。イルカ達の求愛にカゴメが鳴く音。
そして…人魚の歌う声。
綺麗で儚げなその歌声が聴けた者には…幸福が訪れると言う。


「なぁ、船は動きそうか?」

船大工にそう声をかけると、やって見ますがねぇ、とどうも煮え切らない言葉を返してきて。

取り敢えず、岩場に乗り上げた船を弟子達と一緒に引き上げてもらい彼らに修復を任せる。

城に戻る途中で嵐に会ってしまった俺たち。
仕方なく近くの砂辺に船をとめようとした時に高波に船がさらわれてしまって。その時に、酷く損傷し使い物にならなくなってしまったんだ。

参ったな。こんなところで足止めされてる場合じゃないのに。
焦ったところでどうかなる訳ではないことはわかってるけど、それでもじっとしていられなくて。
仕方なく、俺は近くの浜辺を当ても無く散策していた。

そんな時だ…打ち寄せる波間に、漂流物に紛れて横たわる彼を見つけたのは…。



ベットに眠る少年の顔を見る。
透けるように白い肌をしたあどけなさが残る寝顔を。
見つけた時は、顔も青白く、身なりも頼りない布切れをまとっているだけだった彼。
俺は、慌てて駆け寄り声を掛けた。
軽く揺すっても反応することが無くて。胸に耳を当てると心臓は動いてるようだから、慌てて抱きかかえ俺は泊まる宿に連れ帰ってきたんだ。
やがて、暫くして小さなうめき声とともに、目を覚ました少年。

やっと開いたその瞳は吸い込まれそうな程、綺麗な青と赤のオッドアイをしていた。

不思議そうに辺りを見回す少年に、怖がらせないよう優しく声をかける。

「やぁ、気がついたかい?君は浜辺に打ち上げられていたんだよ。覚えてる?」

俺の問いに応えようとしたのか彼は口を開いたけれど、パクパクと動くだけで声が聞こえない。
その事に本人もびっくりしたようで、喉を押さえていた。

声が出せないの?と質問してみると、こくんと頷くその子。
…嵐の日、何があったかは覚えてる?との問いには少し考えて首を横に振った。
…参ったなぁ。これじゃ、どこに帰してあげたらいいかもわからない。
ベッドから起き上がろうとしたのか、被り布団を避け、地面に足をついた少年。
けれどすぐに膝からカクンと崩れてしまい床にへたり込んでしまった。

「大丈夫⁉」
慌てて手を添えて、少年を立たせてあげる。
ガクガクと震える足取りは覚束なく、誰かの支えなしに歩くのは難しそうで。
不安そうに見上げて、添えた手に縋るように身を預ける少年に…少なからず庇護欲を掻き立てられてしまったんだ。

「…行くところがないなら、うちにいたらいいよ。だからそんなに不安そうな顔をしないで?」

そう言って微笑んであげると、少しホッとしたように彼は微笑んだ。



俺は俗に言う王子と呼ばれる立場なので、長らく城を開けるわけにはいけないのだが、事情が事情だけに足止めを食らうしか無かった。
幸い打ち上げられたこの町の領主はうちの国に友好的で。
船が治るまでは離れを貸していただけるという事で、お言葉に甘えて召使とともに住まわせてもらう事になったんだ。

船が打ち上げられてからの日課は浜辺に出向いて、船の修理状況を確認する事で。

少年は最初は歩くこともままならなかったけど、最近は少し支えるだけで歩くことが出来るようになったので、散歩がてら一緒に出掛けることも多かった。

彼は、少しやんちゃな性格のようで、海辺でカニや貝を見つけてたり、砂でお城を作って遊んだりと、まるで子供のように楽しそうにはしゃぐんだ。

「おーい遠くに行っちゃたダメだよ!」

そんな俺の声掛けに振り返るとブンブンと手を振って返事を返し、まだ上手く歩けないくせに、駈け出す少年。

ハラハラしながら見守ると、案の定こけちゃって。
大丈夫かと駆け寄ろうとするとガバッと起き上がりこちらを見てニコッと笑いかけてきた。
…もぅ、そんな風に無邪気に笑われちゃったら、怒るに怒れないじゃんか。

ほら、と手を差し出すと嬉しそうに手を取る彼。
起こしてあげて、横に腰掛けると、少年も俺にならうように横に座ってきた。
クリクリとした目で見上げてくる彼。そんな彼が何だか可愛くて。頭をポンポンと撫でてあげるとキョトンとした顔で小首を傾げてきた。

「そういえば、君の名前は何?そろそろ名無しじゃ呼び辛いからさ。」

俺の質問に口をパクパク動かして伝えようとしてくれて。ジョ…ン…ジョンヒョン?
「ジョンヒョン?当たってる?」
俺の答えにコクコクと頷くジョンヒョン。
「そっか、よろしくね。ジョンヒョン。」
そう言って頭を撫でるとまた嬉しそうにジョンヒョンは笑った。

それからジョンヒョンは更に俺に懐いてくれて。
俺が屋敷に帰るとジョンヒョンは嬉しそうにニコニコと出迎えてくれるんだ。
ジョンヒョンは話すことができないからと、自分の意思を表情で表現しようとしてくれて。
コロコロと変わる表情一つ一つはとても愛らしいものだった。

「そうだ、ジョンヒョナ。字を書くことは出来る?」

もうすっかり恒例になったジョンヒョンとの浜辺の散歩中に、そう問いかけると少し悲しそうに、首を横に振るジョンヒョン。

「じゃあ教えてあげるよ。字が書けるようになったら、ジョンヒョナもお喋り出来るようになれるしね。」

その言葉にぱぁっと表情を明るくさせて、嬉しそうにはしゃぐジョンヒョンが可愛くて。
早速、砂浜に棒切れで字を書いてジョンヒョナに教えてあげた。



「王子、あの晩助けてくれた者の捜索ですが…。」

ジョンヒョンに文字を教えていると、しばらくして召使がそう声をかけてきて。

「あぁ、見つかったのかい?」

「ええ、どうやら王子を助けてくれたのは、この町の領主の娘だそうです。」

意外な言葉に少し驚いた俺。

「…そうだったのか。泊まる場所だけじゃなく命まで助けて貰ったとは…この町の領主には感謝し足りないぐらいだな。近々お礼に伺いたいと言っていたと伝えてくれ。」

俺の言葉にかしこまりましたと、恭しく礼をして召使は下がっていった。


嵐の日に、自らも船の舵を取っていた俺は、船が乗り上げた衝撃で海に振り落とされてしまって。

恥ずかしながら、高波にさらわれて溺れてしまったんだ。
意識を手放す間際に、誰かが抱きかかえ俺を砂浜に引き上げてくれるのが見えた気がして…。
次に目が覚めた時は、ジョンヒョンの様に波打際に打ち上げられていたんだ。
霞む目に写ったのは、心配そうに召使達が駆け寄ってくる姿で。

最初は夢かとも思ったんだけど、気を失ってるあいだ、微かに耳に届いた透き通る様な歌声が耳について離れなかったんだ。
それで、ダメ元で俺を助けてくれた人を探す様に召使に頼んでいたんだけど…。まさか、領主の娘だったとは。
あんなに素敵な歌声だったんだ…。
きっと心の優しい素敵な女性なんだろうと勝手に想像を膨らましていた俺。

そろそろ、王も身を固めろとしつこく言ってきていたので、もし助けてくれた人がいたのならこのまま娶ってもいかもなと考えていたんだ。

そんな事を考えていると、側で話を聞いていたジョンヒョンがぎゅっと俺の服の袖をぎゅっと握っていて。
何どうしたの?と話しかけると、何かを訴えるように見つめてきたんだ。

…この時ジョンヒョンが伝えたい事を読み取ってあげることが出来なかった俺。
分かっていれば…あんなにジョンヒョンを悲しませることもなかったのに…。
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