読み物

□なでこゲーム
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先日千石に勉強を教えて欲しいと頼まれたので学校終了後、僕は着替えて千石の家に向かって歩いている

前に泳ぎを教えようとした時の事を思い出すと本当は断りたかったのだが、そこは今度こそリベンジと言う事で

千石家に到着し呼び鈴を押すと驚異の速さでドアが開いた

「暦お兄ちゃん、待ってたよ!」

満面の笑みで出てきた千石は、少し肩の部分が緩めなピンクのフリルが着いた花柄のTシャツに、三段フリルのミニスカートで裸足、前髪を左側に寄せているという、寛いだ身なりで僕を迎えてくれた

やはり千石は部屋着とそうでない服装とにかなりギャップがあるようだった

ちなみに僕はいつものパーカーではなくポロシャツにジーパンだ

どうしてか、パーカーを着るのには謎の抵抗があったのだ

「暦お兄ちゃん、入って入って!」

「ん、ああ。お邪魔します」

玄関に入ると千石は二重の鍵に加えてチェーンもしっかりと施錠した

相変わらずの防犯意識の高さだ

そしてこちらも相変わらずで、ご両親は不在のようだった

階段を上がり千石の部屋へ

先導する千石のスカートが若干際どい感じではあるが、『頼れる存在の大人な暦お兄ちゃん』はいちいちそんな事に反応してはいけないのだ

「ところで千石、今日はどの教科教えれば良いんだ?」

電話で勉強を教えて欲しいと頼まれた時、何故か千石はどの教科かを言わなかった

中学生レベルの問題なら何とかなるとは思っていたのだけれど、場合によっては駄目かも知れない

「えっと……暦お兄ちゃんは数学が得意だよね」

「まあ他の教科に比べたら、そこそこな」

「じゃあ数学、教えて欲しいな」

「おう」

じゃあ、で良いのかは解らないが、敢えて言うことでもないかとそこはスルー

部屋に入ると芳香剤の甘い香り
そして何故か暖房が起動しており、かなりの温度になっていた

「あれれ撫子間違って冷房じゃなくて暖房つけちゃってたみたい、」

心なしか早口に呟く千石

「?確か千石、エアコンは地球温暖化だからつけないとか…」

「っ…ぁ、きょ今日はね、サハラ砂漠みたいに暑かったから勉強を集中してやる為につけたの!やっぱりどんな物事にもオンオフは大事でしょ!?」

珍しく大声をあげる千石

今は9月で夏も終わったばかりと言えどエアコンを起動させる程の暑さではないと思うのだが、そこらへんは吸血鬼である僕の感じ方と人間である千石との差なのかもしれない

それにエアコンをつける事が悪いことだとも僕は思わない

「ははは、千石ってばうっかりさんなんだな」

軽く千石の頭を小突く

「、」

千石は俯いてしまった

「せ、千石?」

僕の声に反応してこちらを見た千石の顔は少し赤くなっていた

「あ、や、やっぱり暑いねこの部屋!撫子、アイス取ってくるねっ」

そう言って僕の返事を待たずに千石は部屋を出ていってしまった






戻ってきた千石は棒状のミルクアイスを持ってきてくれた

とりあえずは窓を開け、アイスを食べながら勉強を30分程行ったのだった

しかしながら千石は思った以上に数学が苦手だったらしい(千石の中ではマイナス1とマイナス8ではマイナス8の方が数字か大きいらしい)

また、進度を知るために見せて貰った千石のノートの三分の二は落書きだった







さて勉強を始めてから約30分

千石が休憩したいと言うので、むやみやたらに長時間勉強していても頭に入らないだろうと休憩する事になった







「暦お兄ちゃん、ドンジャラしよう!」

休憩に入り、お菓子を持ってくると言って部屋を出た千石が持って帰ってきたのは巨大なボードゲームだった

「いや千石、多少遊ぶのは構わないんだが、勉強は良い…」

「大丈夫だよ暦お兄ちゃん!撫子、解らなかったのはあのへんだけなの!」

「そ、そうか…」

良いのか、と言い切る前に返事を言われてしまった

まあ千石はまだ中学二年生だ
追い込みをかけようと思えば何とかなるだろう

「まあ…少し位なら良いか…」

結局それから一時間半、僕と千石は遊びに身を興じたのだった









「やったあ!撫子の勝ちだよ、暦お兄ちゃん!」

ドンジャラは幾つかのミニゲームの集まったボードゲームなので、勝った方が次に何の遊びをするか選ぶ形で進めていた

ちなみに『あっち向いてホイ』などその場の思い付きで、ドンジャラ以外の遊びもやっている

三回連続で負けたら勝った方の言うことを何でもひとつ聞くという罰ゲーム付き

今ので僕は二回目の負けなので次負けたら罰ゲームなのだ

「次は何をやるんだ?」

「んー、じゃあ撫子、ポ…ポッキーゲームがやりたい、な!」

「ポッキーゲーム?知らないな。どういうゲームなんだ?」

「えっと…この一本のポッキーを反対側から二人で同時に食べ始めて、先に口を放した方が負け、ってゲーム、だよ」

「成る程、じゃあ…」

千石が用意していてくれた摘み菓子の中からポッキーをとり、僕はチョコレート側を軽く啣えた

千石は恥ずかしそうに縮こまりながらもクッキー部分を啣えて、ゆっくりと遠慮がちに囓った


…これって両者とも口を離さなかったらどうするんだろう、と今更な思考に至りつつ僕も囓る

食べ進めるごとに近付く僕と千石の距離

姿勢もきつくなり始め、前かがみになる僕とは反対に千石の掌は床につき体は後方へ

不自然な姿勢

ここにきて僕はようやくこのゲームの趣旨、つまりどちらが先に諦めるのかという現代の度胸試し的意味合いのゲームなのだとだと悟った

しかし気付けば鼻が当たりそうな距離である
そろそろどちらかが離さなくてはなるまい

ここはで離せば罰ゲームという形になってしまうが致し方ない

僕が口を離そうと動いた時だった
千石は僕が動くとは思っておらず、突然の事に対応出来なかったようだ

千石の体がバランスを崩し「あ…」という心もとない声と一緒に床に向かう

床にはカーペットが敷かれていたが、何の気もなく突然感じた体の浮遊感に対して、その時千石は反射的に僕のポロシャツの裾を掴んだ

「っ…!!」

まさか引っ張られるとは思いもよらず、このままだと僕の体が勢い剰って千石にぶつかってしまう

気付けば随分と短くなっていたポッキーは折れることなく互いの口に納まったままである

体を横に逸らそうにもかなわない


―――やばいやばいやばい!!

もう駄目かもしれない…

絵的にはまずい形にはなるが床に手をついて防ぐしかないか、と半ば諦めかけた時だった


「吸血鬼キィーック!!」


突如現れた忍が僕の顔面を蹴り飛ばした


「っ、う゛」


割と痛かったのだが、お陰で僕の体の軌道は横に逸れ、危機を回避することができた

それにしても忍の柔らかい足裏に勢いのある、なかなかの蹴りだった

蹴られた余韻に浸りたい所を抑え起き上がると、しっかり口にポッキーを啣えたままの千石は何が起きたか理解出来ていない様子だった

ネーミングセンスいまいちの素晴らしい蹴りを出した後、忍はすぐ影に戻ったようだ

((全くこの変態主が…))

頭に響いた声は眠たそうで、感謝の意味を込めて近々ミスタードーナツをの購入予定に入れた

「大丈夫か千石?」

「ん、うん。大丈夫…?だよ、」

少し顔の赤らんだ千石は、しかしそれとなく察したらしい

「にしても、僕の負けだな…」

忍に蹴られた段階でポッキーから口を離してしまったのでこれで三連敗、罰ゲームである

そこは潔く、どんな命令であっても聞くところ
なぜなら『お兄ちゃん』なのだから

「じゃあ、罰ゲームだな。遠慮せず何でも言ってくれよ」

「ん、じ…じゃあ撫子、暦お兄ちゃんに……」

意を決した千石がいよいよ命令を下そうとした時だった

ガチャンガチャンと錠の開く音と共に、まるで優しいお母さんといった感じの女性の声が千石家の玄関に響いた


「撫子ちゃんただいまー。あら?なんでチェーンが掛かってるのかしら。撫子ちゃーん?」


考えてもみれば学校が終わってからだったので、千石の家に着いたのは4時半頃
そこから30分間勉強、時間を忘れて1時間半もの間遊んでいたのだ

時計を見れば時刻は19時過ぎ

千石を見ればそこには、青ざめて驚きと焦りの入り交じる、初めて見る表情の千石がいた


その後僕は初めて千石の両親に挨拶することが出来たのだった




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