読み物
□ひたぎアンブレラ
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ドタドタと階段を駆け上がる音と、それに隠れてトストスと階段を上る音によって意識は段々と動き出す
ばたんっ、という派手な音とともに勢い良く開かた扉からは大小二人の人影、もとい大小二人の妹が現れた
「兄ちゃーん!朝だぞコラァ!起きやがれい!!」
「お兄ちゃん朝だよ。早く起きてー」
いつも通りの朝
しかし僕は昨日夜遅くまで受験勉強に励んでいた
寝たのも昨日というより今日である
目は覚めたが起きたくない
薄目を開けて時計を視ればいつもより30分程早い時間だった(二人ともそれぞれ身支度が整ってから起こしに来るのでいつも同じ時間ではないのだが)
気の利かない妹達め、と心のなかで毒づく
僕が起きたくないアピールとして布団をかぶり直したところ
「にーいーちゃーんんん!起きろぉ!!」
と、火憐ちゃんに勢い良く布団を引き剥がされてしまった
「…せめてあと30分、、」
それでも尚、しぶとく惰眠を続けようとする僕に対し今度は月火ちゃんがぐいと僕の髪の毛を引っ掴み、問いかける
「、う゛」
「ねえ何?何なの?何で起きないの?私達がわざわざ、わざわざ起こしてあげてるのに起きなないの?それってどういう事なのお兄ちゃん意味分かんないんだけれど」
「今眼が覚めましたうわあ最高に良い朝だなあ!」
睡眠時間は足りていないし月火ちゃんはなぜか普段以上に機嫌が悪いしで、全くもって良い朝ではなかったが取り合えず起床した
さて洗面所で顔を洗い朝食を食べようとダイニングに座ると、部屋がいつもより暗いことに気付く
何かと思えば雨が降っていた
妹達は登校の際交通機関を利用しているが僕は自転車通学だ
つまり雨が降ると一時間に一本のバスか徒歩となる
そのへんの気を使って早めに起こしてくれたのか、ただ単に火憐ちゃんも月火ちゃんも早く家を出るためだったのかは分からないが、どちらにせよ気の効く妹達だなあ、と心のなかで感謝した
嫁に出しても恥ずかしくはないだろうが、出せないな
何て考えていたら時間がギリギリになっていて僕は急いで身支度を整え、しとしとと降り続く雨を無個性な黒い傘で遮りながら学校へと向かった
急ぎ足で登校したのだが、火憐ちゃんと月火ちゃんがもしお嫁に行ってしまったらと考え出したら止まらなくなってしまい、つい癖で自転車置き場へ行ってしまったりで本当に遅刻寸前で教室に入った
席に着き息を整えたところで羽川が挨拶してくれる
「おはよう阿良々木君」
「ああ、おはよう」
「ふふ、お疲れのところ悪いけれど阿良々木君、今日の放課後委員の仕事があるから残ってね」
「ああ、」
頭の片隅に予定を入れて、ふぅと息を吐き直したところで担任が教室に入って来たので「起立」と号令をかけた
時刻は5時半を少し回った頃
羽川との委員の仕事は無事終了し、さて帰ろうとなったのだが、羽川は置き勉や忘れ物を確認しなければならないらしく、教室で別れた
今日は一日中雨が降り続いている
帰りに妹達にミスドでも買っていこうかなど考えを巡らせつつ、上履きを履き替えて傘立てから自分の傘を取ろうとした
「あれ…」
しかしそこにあるのはピンクの花柄、淡い紫色、ベージュでレースの物とどうみても三本とも女物の傘だった
この傘立てが僕のクラスの物だと確認した上でもう一度
僕の無個性な、男子なら誰でも持っていそうな黒い傘は無かった
間違って誰かが持っていってしまったのか
しかし朝から雨が降っていた事を鑑みると自分の傘が壊れてしまったから僕のを持っていってしまったのか
どちらにせよ、この場に僕の傘が無い事に変わりは無かった
にしても雨は、止む気配が無く下手したら朝よりも強くなっているかもしれない
「仕方ない、走って帰るか…」
――ミスドを買って行けなくなってしまうなあ
さっさと帰ろうと昇降口を出ようとしたときだった
「あら、中学生がいると思ったら、阿良々木君じゃない」
見知った声に呼び止められた
「…確かに僕の身長は中2から伸びていないけれど、だからといって見覚え位はないのか、戦場ヶ原」
「見覚えならあったわ、でも記憶に無くって」
「なんでだよ!」
「存在感が薄いのよ。ん、ちょっと違うわね…視界に入らないのよ」
「丁度お前の目線辺りに僕の頭部が見えるだろ!」
おでこ辺りが!
「それよりも」
強引に話を反らされた
「それよりも、阿良々木君。こんな雨天の中、傘も差さずに学校に来たのかしら。もしかしなくてあなたって本当馬鹿なの?マゾなの?ああ、それとも雨に濡れる僕かっこいー、みたいな厨二病?だったら訊いちゃいけなかったわね」
「まずお前は人の話を聞け!戦場ヶ原」
「人に話を聞いて欲しいのなら、まずは自分から答えなさい」
「…今さっき委員の仕事が終わって帰ろうとしたら傘が無くなってたんだよ。シンプルなやつだったから誰かが間違えて持ってっちゃったんだろうって」
戦場ヶ原にはなるほど、といった表情で頷いた
「それは不運だったわね、ご愁傷様。じゃあまた明日」
「待て待て待て!僕はまだお前がなんでこんな時間に学校にいたのか聞いていない!」
「何阿良々木君、女子・学校・放課後・男子に言わない話、この4つのキーワードから察しなさいよ。それとも阿良々木君は、私から直接聞き出したいと言うの。マゾでサドなんて…ごめんなさい、流石についていけないわ」
「悪かった!空気の読めない僕が悪かった!だから滅多に表情を変えないお前がそんな引いたような目で見ないでくれ!!」
本気で死にたくなる!
この雨のなか厨二病よろしく駆け出してしまう!!
「そうね本当に阿良々木君が悪いわ。もしかして私の彼氏さんは女子にいけない言葉を言わせたりして興奮するような変態かと思って、死にたくなったわ」
「そんな事はない!」
「そうね、阿良々木君が著しく興奮するのは小学生の女の子に会ったときだけだものね」
「そんな訳っ…!」
あったりなかったり
「だから阿良々木君、罰として傘を持ちなさい」
戦場ヶ原は傘立てにある三本から淡い紫色の物をの僕につき出してきた
「…は?」
「私の代わりに傘を持って、私を家まで送りなさい。その後なら傘はあなたが自由に使って良いわ」
それは彼女の優しさ
素直に慣れない戦場ヶ原に気付いて思わず頬が緩む
裏返しの意味を理解した僕はお礼を、と思う
「あ、ありが…」
しかし言葉は、戦場ヶ原が突きだしてきた鞄で阻まれた
「さっき、保科先生に『もう体調も良くなったんだし置き勉は持って帰りなさい』って言われてね。全く非力な私に、今まで置いてた教科書類を全て持たせたのよ。こんなもの持ったら細くて綺麗な私の腕がムキムキになってしまうから、これも持って頂戴ね」
鞄はぱんぱんでどうやってファスナーを閉めたのか疑問しか残らないようなそれを渡された
苦笑いしつつも僕は手に取り
「有り難く持たせていただきます」
そう言って、僕は戦場ヶ原を濡らさないように自分の肩を少し濡らしながら、ゆっくりと歩みを進めた
《アンラッキー≠傘 幸せの略称》
<あとがたり→>