忌まわしき遺産

□王都での一日
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いただきまーす、といつもの挨拶が飛び交う。
「どうぞ、と言っても作り置きで申し訳ないのですが……」
アヤが少し申し訳なさそうにしながらも笑顔でそう言う。
「ちょっ、ジンガ、そんなにがっつくとのどに詰めるぞ?」
ソルは横で一心不乱によそわれた朝の残りのチラシズシをかきこむジンガに注意する。注意された本人は聞く耳を持たないようである。あっという間に――ソルがつがれた分の1/10も食べ終わらないうちに――彼は食べ終わりアヤに皿を差し出す。
「アネゴ、おかわり!!」
ご飯を入れた容器ごと持ってきていたので、わかりましたぁと彼女は彼の分をまた盛る。そしてそのあとになってソルに返答をする。
「だって、アネゴの作ったチラシズシ?だっけか?すげぇうめぇんだもん!!」
というだけ言ってまたがっつき始めるジンガの横でスウォンが同調する。
「たしかにジンガくんじゃないけれどおいしいですよね。今まで食べたことのない味です。いつも思いますけどアヤさんの世界の食べ物って面白いものが多いですよね」
「いえいえ、お酢は一応シオンの大将から分けてもらって……あとはこちらの世界のものでできましたから。ジンガくん誰も君の分は取らないし、まだまだ残りはたっぷりあるからそんなに急いで食べなくても大丈夫ですよ、たまにはゆっくり味わって食べたらどうですか?」
アヤはスウォンが言ったことに対して軽く補足を加えて何も特別なことではないといい、ジンガに向けてはゆっくり食べて大丈夫、と婉曲的にいさめる。するとジンガの食べる速度が急に落ちてスウォンのものと同じ速度になった。
「しっかしリプレだけじゃなくてアヤも料理ができるだなんてね。アメルもだけれど、大人のあたしの立場がないじゃない?!」
横で同じくチラシズシに舌鼓を打ちながらミモザがぼやく。
「なら、君もアヤやリプレやアメルに習えばいいんじゃないか?きっと三人ともしっかり丁寧に教えてくれるぞ?」
ぼやくミモザにギブソンがそんなことを面白半分に提案してみる。すると提案された彼女は意外にもそうしようかしら?と返した。
「でも、さすがにアヤさんの世界の料理はわたしにも初めてのものが多いですね。すごい興味深いです」
アメルが食べ終わって言う。そうだよなぁ、とソルも同調する。
「どうやらシルターンと若干似た食文化らしいのですよ。現にシオンの大将が作るソバは私の世界にもありましたし」
そうなのかぁ、とソルが相槌を返す。そこへミモザがつげる。
「さて、そろそろあたしたちは行くわね、留守をよろしく頼んだわよ」

「いってきまーす、お姉さんたち留守の間はよろしくねー」
「留守を頼んだよ」
エルジンとギブソンにも玄関でそういわれ、アヤとジンガ、スウォンとソルは見送る。アメル、ギブソン、ミモザ、エルジンの背中が消えるまで彼らは玄関で見送っていたがやがて見えなくなったのを確認して屋敷へと入る。
「留守の間何をしてましょうか……?」
アヤがそれとなくソルに言う。ジンガとスウォンはせっかくだからと見送ったその足で王都へと二人で出かけてしまった。ということは……――俺とアヤの二人きりってことか?――ソルは彼女と屋敷に二人きりということを意識して頬を赤らめる。そんな彼の様子にアヤは気づいて言葉をかける。
「どうしたのですか、ソルさん。お顔が赤いようですけど、熱でもあるんでしょうか?ちょっと……」
といい、彼女の額を彼の額にくっつける。
「ふむ、熱はないようですね。でも念のため今日は大事を取って屋敷でゆっくりしてましょうか」
彼は胸から飛び出しそうになる心臓の鼓動を何とか抑えようとしながら、あぁ、とそっけない返事をした。早速、お茶か何かをお部屋まで持っていくので先に行っててくださいとアヤは台所へと掛けていく。そこから彼は彼女の言葉の言うとおりに部屋へと向かう。――ま、ま、ま、ままま、まったく、アヤはどれだけ大胆なんだ!?普通おでことおでこをくっつけるとか女の子が自らするのか?――ソルはいまだおさまらない胸の高鳴りを抑え自分の寝ている部屋へと向かう。
 しばらくしてアヤが入ってきた。
「お待たせしました。お茶でよかったでしょうか?」
「あぁ、というか俺は大丈夫だから病人扱いはやめてくれよ」
「ダメです、先ほどあれほど顔が真っ赤になっていたのですよ?いくら熱がないといっても体調がよろしくなさそうなのは火を見るより明らかです。せめて今日だけでも休養を取ってください」
抗議するソルにアヤは畳み掛ける。彼女はソルが自分が接近したために激しく赤面したのだとは夢にも思っていない。
「わかったよ。じゃぁ、昨日寝てないし、ちょっとしたら寝かせてもらうから」
ソルは観念しないとアヤが納得しなさそうな感じだったのであきらめて観念する。では、席を外しますねとアヤは部屋を出ていく。
ソルはアヤが出て行った後すぐに書斎へ行ってメイトルパの召喚術に関する本を三冊ほど自室へと以て来た。病気でもないうえに昼間から寝る趣味は彼にはない。ならばこの時間を読書の時間に費やそうと考えたのである。
最初に手を付けたのは昨夜手を付けようとしてつけられなかった『これでマスター!!獣属性魔法中級編』という本である。彼は獣属性についても初歩術までは確実に使えるようになっている。中級術に関してもかなり確実に使えるようになっているのだ。要は後はマスターするだけなのである。――俺は何としてでもマスターする必要がある!!ほかでもないアヤのため!!――
彼は意を決して本を開く。そして読み始めた。
 ときどきアヤの入れてくれたお茶を飲みながら彼はひたすら集中して本を読み続けた。やがて日が西に回る。――ここまでか、とりあえず今は。夕飯を食べたらまた読むとするか――
その時ドアからノックが聞こえた。遠慮がちなアヤのノックだ。
「失礼しまーす。あ、ソルさん起こしてしまいましたか……?」
アヤはものすごく申し訳なさそうにいうが、ソルは否定した。
「いや、ちょっと前から起きてた。腹が減ったかなぁと。とりあえず夕飯作るの手伝うぜ」
あ、とアヤが止めようとするのも気にせずソルはベットから起きてくる。
「大丈夫だぜアヤ心配しなくても。ゆっくり寝たらかなりましになったから」
ソルは寝てもいないのに寝たと嘘をついた。――俺が寝ていると八人分の食事をアヤがひとりで作ることになりかねないからな――
 実際彼が今に降りて行ってもそこにいたのはジンガとスウォンだけだった。彼らは何やらアヤの手伝いをしているのか細かく切られた肉をボールの中でさまざまな野菜と一緒にこねている。
「何を作ってるんだ?それ、今晩のごはんか?」
ソルはごく自然に聞く。彼には見たこともない代物であったからだ。
「確かアヤさんの話でははんばーぐとかいうらしいですよ。ヒキニクっていう肉を使うらしいんですけど、この世界にはないらしくて上質な肉を細かく切り刻んで野菜とパン粉と牛乳と混ぜて作るって言ってましたが……」
スウォンの答えを聞いてソルは戦慄する。その組み合わせを聞くと彼にはろくなものができるとは到底思えない。頭の中でイヤーなイメージがよぎる。そこへ指示を出したアヤが登場した。
「アヤ!!いったいなんなんだはんばーぐって!?」
ソルはまずいんじゃないか?と言わんばかりの態度で質問する。
「大丈夫ですよ、味は私が保証しますから」
アヤが満面の笑みで微笑んだのを見てソルは追及をやめた。

同じ日の午後調査に出掛けたアメルはじめエルジンたちはしばらく歩いているうちに調査対象の森へとたどり着いた。
「ギブソン?ここなの、派閥の要請で向かうように指示されていたのは?」
資料をろくに見ていないミモザがしっかりと目を通しているであろうギブソンに問う。
「あぁ、間違いない。今アメルちゃんにも探ってもらっているが間違いないだろうと思う」
「まちがいありません、この森の奥にまがまがしいエネルギーを感じます」
答えるギブソンにアメルが付け加える。
「じゃぁ、やることは一つだよね、エスガルド?」
「了解シタ」
エルジンに頼まれたエスガルドは森の入り口にあった木を二、三本切り倒す。やってきた森は人が入ることがめったにないためか人が歩くような道がなく、うかつに入れば二度と出てこれないだろうと思われる。
「召喚!フレイムナイト!ジップフレイム!」
エスガルドの倒した気をエルジンが召喚術で焼き払う。
「ミモザさーん、これで入口はいいのかなァ?」
エルジンが遠くのほうで王都からの距離を目測していたミモザに大声で訊く。大丈夫よーーと遠くから返答がきた。
「じゃぁエスガルド、何か森の中にあるかここでちょっと探ってみてくれるかな?」
「了解シタ、シバシ時ガ欲シい」
エルジンに頼まれた彼(?)は早速森の中のスキャンを始める。
――――ヒュンッ!!――――
「わぁ!!!」
召喚術で皆が歩きやすいようにと足場を作っていたエルジンの耳元を何かが掠める。それはエルジンの少し先の横倒しになった木の幹に刺さった。毒が塗ってある矢のようだ。
「!!」
「エルジン!どうやらお出迎えらしいな」
すでに森の入り口の崖のほうへと追い込まれる形成になっているギブソンから叫び声が聞こえる。
「今助けにい、……」
きますと言おうとしエルジンのセリフは途中で消える。
「フレイムナイト!とらわれの機兵!ペズソウ!」
彼がそう唱えると彼の魔力の働き掛けで召喚術が発動する――
「ダークフレイム、ブリザブレイク、ギヤクロス!」
続けて彼が唱える。直後黒炎が上がる。黒炎が上がるだけでなく爆発が起こる。さらに、狩りそこなった敵をペズソウが粉々に粉砕した。エルジンは彼の愛用のライフルを振りかざし時に発砲しながらそれでもなお残った敵と交戦する。
「召喚!ツヴァイレライ!駆逐せよ」
「派手にやるわよーー!ペンタくん、ストレス発散していいのよ?」
ギブソンもミモザもさすがだ。手にした杖で敵の武器をいなし、崖から転落しないよううまく立ち位置を有利にできるように相手を誘導するように精神を研ぎ澄ましながらさらに上級召喚術を行使する。

「治療はお任せください!天使エルエル、レストオーラ!」
ギブソン、ミモザもさすがに無傷とはいかないので――もといエスガルドはスキャン中で満足に戦えない――負った傷をアメルが後方からヒールをかける。
数刻ののちすべての敵を倒し終わる。
「まだまだ、序の口よね。まぁ森の入り口だしここからが本番なのでしょうけど……」
「そうだぞ、ミモザ。油断は禁物だぞ」
「まぁまぁ、でも心配しすぎるのもよくないんじゃないかな」
アメルとスキャン中のエスガルド以外が各々口を開く。
「すきゃんガ終了しタ。ドウヤラ、途中ニ谷ト川が、さらに山ガあルらシイ。調査対象ハソノ奥ダと思ワレる」
「アメルちゃん、ちょっとだけどんな感じか力の源を感じ取ってもらってもいいかしらァ??」
エスガルドの報告を受けてミモザがアメルに依頼する。わかりました、と言ってアメルは眼を閉じて精神を集中する。すぐに彼女は眼を開ける。
「確かにこの森の最奥部に強い魔力を感じます。強い憎しみと恨みの感情を感じます、同時に悲しみにも満ちています」
「明日、そこまでたどり着けるようにとりあえず今日は歩ける道を開いて行こうかなって思うんだけど?」
「それがいいと思います。エスガルドが川と谷があるって言ったから、そこまでになるだろうけど。そこから先はお姉さんたちと一緒に行ったほうがいいと思うな」
「私も同感だ。とりあえず明日、少しでも先に進みやすくするためにも少しでも道を切り開く必要があるだろう」
アメルの報告を聞いてミモザが提案した。そこへエルジンとギブソンが賛同する。決定ね、とミモザは言う。
「エスガルド、その辺にある木を人が二人くらい歩けるように切り倒してくれるかなぁ?もしくは倒木を破壊するとかでもいいんだけど……」
「了解しタ」
エルジンが頼むとエスガルドは応答して早速、木を切り始める。
「フレイムナイト、エスガルドが切った木だけをジップフレイムで焼いてね」
「疲れたらエルジン、遠慮なく言ってね、あたしがワイヴァーンで交代するから」
はーい、とエルジンが笑顔で答えた。その間にもエスガルドは一本一本、また一本と木を倒して、フレイムナイトは消し炭へと変えていく。
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