それからの日々

□二人の眠り
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「とりあえず、アヤとソルに分かれて看病しよう……」
「樋口も何気にヤバそうだもんな」
「じゃぁ、女性が樋口さんで男性はソルで」
トウヤがそう取り決めて別れる。女性陣三人はアヤのベッドへと行く。彼女も顔が血で染まっている。彼女自身の血に加え、彼の血を浴びてしまっている。
「アヤ……どうして無茶だと思ったらなんで行く前に助けを呼ばないのよ……そしたらこんなにならなくて済んだのに……」
自分の戦い、目の前の敵だけに集中しほかの人を手伝おうとか考えてなかった自分の考えの至らなささをカシスは悔いる。自分がもっと広く物事を見ていたらこんなことにはならなかったと……。
「召喚、天使エルエル。お願い、アヤを、アヤのけがを治して……」
カシスがそう頼む。実際に彼女も相当のけがをしている。
 彼女の声に応じてアヤをエルエルが癒す。
「召喚、森のめぐみ。お願いです、アヤさんを……」

「ソル、逝くなよ……」
キールは彼をブラーマで癒しながら彼へと言葉をかける。
「ソル、君のことがみんな大好きなんだからさ」
「そうだぜ、逝ったりなんかしたら……」
彼らは意識のないソルへと必死に励ましの言葉をかける。
――ソル……――
彼の無邪気でかわいらしい幼いころの笑顔がキールの頭をよぎる。あまり表情が変わらないキールと違い、彼は小さいころから表情がくるくる変わる面白く、またかわいらしくもある弟だった。外で遊ぶのが好きだった。少なくとも僕の前では無邪気な男の子だった。あんな生い立ちにもかかわらず。
――そういえば、よく誘われたっけ……――
背が伸びないと自分に相談してきたこともあった。自分がはやばやと派閥の体質になれていったのに対して、彼はなかなかその素直でまっすぐで、思ったことはすぐに実行に移す彼は染まらなかった。
――僕は、そんな君がうらやましくもあり、かわいらしく思っていたんだよ?――
やがて、彼も体質に染まって行ってしまった。が、アヤに出会ってからは元の彼に急速に戻って行った。元の、ぶっきらぼうだが根はやさしい、素直な少年に。

――ここは、どこでしょう?――
アヤは気づくと、見知らぬ場所にいた。
――私は、さっきまでフラットにいたと思ったんですが……――
周りを見回してみるが、霧が濃く、あまり視界が利かない。さらに特に建物のようなものもない。
――召喚、聖母ブラーマ――
彼女はあたりを照らすためにプラーマを呼ぶ。ぼわぁっとあたりが明るくなった。
――とりあえず、少しあたりを歩き回ってみましょう、――
アヤはこうしていても仕方がないととりあえず前を見据えて歩き始める。
 しばらく行くと同じような光に照らされた人影がこっちへ向かって歩いてくるのが目に入る。
――まさか、敵?――
アヤは見知らぬ影に戦慄し、杖を懐から出して構える。
「あれ?アヤじゃないか」
「え?ソルさん?」
目の前に来た影にお互いがびっくりする。ソルも敵だと勘違いしたのか杖を構えている。
「ところで、ここどこかわかるか?」
ソルが彼女にそう尋ねる。彼女は首を横へ振った。
「だよなぁ、俺もさっきからずっと当てもなくさまよってたんだよ。そしたら不意にぼわぁっとなる場所を見つけて歩いてきたらアヤがいたってわけだ」
「いったいここはどこなんでしょうね……?」
アヤは首をかしげる。
「さぁな、でもここフラットやサイジェントの近くではなさそうだぜ……俺の記憶に間違いがなければこんな場所、あの町の近くにはないからな、とりあえずここで立ってても仕方がないだろうしどこかの方角に歩いて行こうぜ?」
ソルにそう促されアヤは歩き出す。彼もついてきて彼女の横に並ぶ。
「まさか、ソルさんが意識を取り戻して歩ける状態まで回復していたとは思いませんでした」
「そうだな、俺はとんでもない重傷を負ってあの場所で意識を失ってしまったもんな。心配かけて悪かったよ」
「でも、よかったです。ソルさんいなくなったら私、生きていく希望をなくすところでした」
アヤはソルを抱きしめて言う。ソルは多少面食らったようだが、彼女を抱きしめ返す。
「そ、そ、そうか。俺は愛されていたんだな」
「えぇ、みんなソルさんのことが大好きだと思いますよ」
アヤはにっこりとほほ笑んで答える。
 しばらく行くと今度は怪しい光に出くわす。
「今度こそ、敵だろう。あの光は……」
「そうですね、ちょっと危険な気がします。用心することに越したことはないんじゃないかと……」
「召喚ワイヴァーン。俺たちを乗せてくれ」
彼が竜を呼び彼女にも乗るように促す。
「とりあえず、空から様子を見てみようぜ」
「それが、いいかもしれませんね」
ソルとアヤは竜の上からその光へと距離を詰める。それは光ではなく真っ暗闇だった。
「なんだ?あの意味の分からない物体は……」
「わかりません、けど距離を取って逃げたほうがいいと思います。今なら気づかれてないですし逃げ切れますよ!」
「そうだな、気味が悪いし逃げるか!」
ソルはワイヴァーンに引き返すように告げる。ワイヴァーンは急上昇して折り返した。
「ふぅ、逃げられたみたいだな」
「ですね、不気味でした」
アヤもほっと胸をなでおろす。
「なんだったんだ?あれは……」
「すごい、いびつでまがまがしい感じでしたよね……」
「ん?こっちの方向に光があるみたいだぜ?」
「今度はそっちを目指して行ってみましょうよ。町かもしれないですし」
「あぁ」
 そちらの方向へ行くとまばゆい光がさしてきていた。ただ、どこからかは不明ではあるが。
「明るいですね、霧もかかってませんし、視界良好です」
「アヤー、?」
「あれ?どこからか今私の声が聞こえましたけど……ソルさん、私のこと今呼びました?」
アヤはどこからか自分の声が呼ばれていることに気が付いて彼に尋ねる。彼はいや、と首を横に振った。
「じゃぁ……誰が……何処で私の名前を呼んでいるのでしょう……?」
「俺には聞こえなかったぜ?空耳じゃないのか?」
「かもしれないですね……」
「しっかし、この辺りは過ごしやすそうだな。気温もちょうどいいし、緑もいっぱいだしなだらかな丘ばかりで険しい山や谷がないし」
「そんなに住宅も密集してないし、過ごしやすそうですね」
「ところで、なんでほかの誓約者や護界召喚師がいないんだ?たしか、一緒にいたはずなんだけどな……」
「そうですね、フラットに一緒に行ったはずなんですけど……」
「川だぜ、アヤ……なんか向こうが果てしなく遠い川だけどな……」
「川……?」
アヤはハッと記憶を手繰る。
「ソルさん、引き返しましょう!急いで」
ワイヴァーンに引き返すよう指示しながらソルは首をかしげる。
「引き返すって、あのまがまがしい黒いものがいるところへ引き返すっていうのか?」
「いえ、そちらでもなく」
「あちらに別の光が見えますし」
「あぁ、確かにな」
「あっちへ行ってみてはいかがでしょう?」
「いいかもな」
ソルは竜にそちらへと行くように指示する。
「アヤは、腹減ってないか?……ってアヤ?あれ?アヤはいない……」
ソルは彼女から質問しても答えが返ってこないので振り向く。すると彼女の姿はなかった。
「あれ?さっきまでいたのにな……おかしいな、落ちたとか?でもそれなら彼女も龍を召喚して上がってくるよなぁ……」
ソルは首をかしげながら地上へと降りて行った。

「おはよう、アヤ」
「起こしても起きないから、まさかとか思ったわよ?もう、脅かさないでよね」
「朝ごはんの時間ですよ」
アヤはカシス、ナツミ、クラレットの三人に声をかけられて覚醒した。どうやら朝が来たらしい。
「おはようございます。みなさま。あれ?私何があったんでしょう……」
「どうかしたの?」
カシスがアヤに尋ねる。
「ソルさんと二人で当てもなく平地をさまよっていたのですが……」
「ソル?あいつならまだ意識を取り戻してないわよ?」
「うん、なっちゃんのいうとおりだよ、夢じゃない?」
「早くいかないとリプレさんに怒られますよ」
クラレットが戸口まで行くとリプレが逆に部屋へと入ってきた。
「あら、みんなこの部屋にいたのね。とりあえずアヤとソルは動けないと思ったから朝ごはんを持ってきたの。残りの人は居間まで食べに来てね。二人とも容体はどう?」
「私は、なんとか起きられますよ」
アヤは身を起こしていう。
「多分、問題なくいつも通りの生活ができると思います。どうやら、橋本さんとカシスさんとクラレットさんが夜通しずっと治療にあたってくれてたみたいですから」
「気づいていたのね……」
「寝てても魔力を感じるっていうのには感心するわ」
「さすがですアヤさん」
「よかったわ。とりあえず、日常生活に支障をきたさなくて。ソルのほうは?」
「まだ、意識を取り戻さないぜ?」
「あぁ、夜通しこちらも治療は施してみたけれどここまで来るともう神頼みだな」
「カミ?」
トウヤのセリフにキールが首をかしげる。
「あぁ、僕たちの世界にいる世界を見てる人さ。運命は神様によってきめられていると思うよ。いるかどうか信じてない人もいるみたいだけど」
トウヤが解説を加える。
「とりあえず、朝ごはんに行ってきたほうがいいですよ。私はここで食べますので……夜通し起きてておなかも減ってるでしょうし……」
「とりあえず、頑張るのにもエネルギーは必要……でしょ?」
ナツミがいたずらっぽくウインクをする。リプレはえぇ、とだけ返した。
「じゃぁ、俺たち全員飯行ってくるわ。ちなみにソルの治療とりあえず、なんとか三人、途中から六人がかりでやったら完了したから、樋口心配するなよ」
ハヤトはアヤにそう声をかけてから部屋を出て行った。
――なんとか、治療が済みましたか……よかったです、私も冷めないうちにご飯を頂かなくちゃ……――
彼女はソルのベッドの横に置いてあるサイドテーブルまで行き食事を始める。彼は目を閉じたままだった。アヤは彼の手に触れる。とりあえず体温はあるのかほんのりと温かい。いつもの彼の体温からするとかなり冷たいが。
「絶対戻ってきてくださいね……待ってますから」
そう言ってアヤは彼の手を放して自分の分の朝食を食べ始める。窓の外には雪が舞っていた。

「しかし、ソルの奴かなり危険な状態だな……」
「治療は全力でやってみましたが、なにしろ失った血の量が半端じゃないので……」
「あとは信じるしかないよね」
朝食を食べながらハヤト、クラレット、カシスがそう言う。
「そうだな、あとはソル次第……帰ってきてくれると信じてやまないけどね」
「あたしだっていやよ、かわいいかわいいソルがいなくなるのは」
「結局みんなが愛するかわいい弟だったんだなあいつは」
トウヤとナツミの言葉を一言でキールがまとめる。
「子供たちにはまだ、黙ったままだから、できるだけ子供たちの前では明るく振舞ってね?」
リプレがなんだか暗い雰囲気の彼らに声をかける。そこへ子どもたちがやってきた。
「あー、お兄ちゃんたちおはよう!」
「おはよう、にいちゃん、今日は剣の稽古に付き合ってよ!」
「おはよう、フィズにアルバ」
「おはよう……」
「おはよう、ラミちゃん」
「おはようみんな、あれ?ソルとアヤの姿が見えないみたいだが、何かあったのか?」
「たしかに、言われりゃあいつらいないな」
「むぅ、確かにな」
後から居間にやってきたレイドとガゼルとエドスが首をかしげる。
「あぁ、ソルと樋口さんなら寝坊だよ。昨日二人とも夜が遅かったから。まだ起きないから六人だけでもさきに朝ごはんもらおうかと思ってね」
トウヤがさらっと嘘をついた。あまりのドライな反応にナツミとカシスとハヤトは目を丸くする。
「そうか、では私は行ってくる。子供たちは頼んだよ」
「あぁ、任せろって」
「わしもそろそろ出るとするか」
レイドとエドスはそれぞれ仕事へと向かった。
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