忌まわしき遺産

□王都での一日
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「どうしたの??いったい何があったってわけ??」
いつものように朝派閥へと出てきたミモザが目を点にしてソルへと問う。問われた彼はクタクタで口を開く元気すらないようだ。まぁ無理もないだろう、あれだけの戦闘をした上に一睡もせず緊張感を切らさず見張っていたのだ。代わりに教室に行く途中の生徒が答える。
「悪魔による襲撃があったんです、ミモザ教官。あたり一面火の海になったところをこのお兄さんが助けてくれたんです」
襲撃?と驚愕する彼女を置いて彼らは教室へと行ってしまう。そんなミモザにアメルがやってきて付け加える。
「ソルさんが火を消して悪魔を撃退してくれたので大事に至らずに済みましたけどね」
俺か?と驚くソル。ええ!と満面の笑みでうなずくアメルの笑顔がまぶしい。俺は何にもしてないんだけどなぁ……、ときまりが悪そうにするソルをよそにミモザは訊く。
「まさか、キミたち一睡もしてないの?」
あぁ、とかなり元気のない返答がソルからあった。
「まぁでも特に一大事に至らなくてよかったって感じかな」
「そうですよね、あたしたちだけで何とかできてよかったです」
彼とアメルが素直な実感に口にする。あとから出勤してきたギブソンがあたりを見回しながら二人に訊く。
「どうしてこんなに大規模な戦闘になったのに私たちを呼ばなかったんだ?」
「それは………。」
訊かれたソルは答えに詰まる。正直彼はアヤにまた迷惑をかけるのが嫌だったのだ。ギブソンやミモザを起こせばきっとエルジンやアヤも起きてくるだろう。そうすればまた彼女の手を煩わせてしまう。答えに詰まる彼の手助けをしようとアメルが口を開く。
「それはですね、皆様お休みでしたし、今日の調査もあることですし休養していただこうと思いまして」
若干答えになっていないが彼女は単にミモザたちを気遣ったという風を装った。その横でソルが安どのため息をつく。――よかった、何とか答えになってるな。俺の正直な気持ちは話すわけにはいかない……――疲れ切った二人にミモザとギブソンがねぎらいの言葉をかける。
「まぁとりあえずお疲れ様。家に帰ってアメルは調査まであんまり時間がないけど休んでいてよね、調査はわたしたちがアメルの負担を減らすから。ね、ギブソン?」
「あぁ、私たちがアメルの分まで頑張るから君はただ力の源を探るだけでいい」
ギブソンの配慮の言葉を受け継ぐようにミモザが二人を帰宅の途へつかせるように言おうと口を開く。
「ほら、とりあえずかえって朝ごはん食べなさいな。今日はアヤとエルジンが用意してくれてるから」
はぁーい、とアメルがいい、ソルと二人で歩きだす。そんな二人の背中を見送ってギブソンやミモザは教室の方向へと歩を向けた。
「王都を出歩くのは久しぶりかもしれないな」
そうつぶやくのはアメルの半歩後ろを歩くソルである。前を歩くアメルはええ、と同意して付け加える。
「前に来たときは傀儡戦争の時、ゆっくりする暇がなかったらしいですね……」
アメルは過去を振り返る。彼が王都のきたのは大平原の火攻めの手伝い(アヤも手伝った)であり全くうれしいものではなかった。その後戦争に勝利したのちアメルたちが帰ってきたときはもうサイジェントへ出立する日だった。駅で一瞬だけ会えたぐらいだったのだ。そんな日のことを思い出してソルは感慨にふける。
――あのあとは、アヤと二人っきりで列車でサイジェントまで帰ったんだよな……。確か蒼の派閥からも謝礼がたんまり出て途中の駅でお弁当を買って外で食べたんだっけ……。あのときのアヤの幸せそうな笑顔は忘れられないなぁ……――
「……ぃ、……−ぃ、ぉーぃ!」
ン、と彼は視線を上げる。彼は知らず知らずのうちに立ち止まっていたらしくアメルが目の前で手を振っていた。
「ソルさん、そんな通りの真ん中で立ち止まったら危ないですよ」
「ぁ」
彼は大通りのど真ん中で立ち止まっていた。彼の後ろにはたくさんの獣車が渋滞になっている。すいません、と彼は謝罪し屋敷とは別の方向へ歩を向ける。
「どうせなら、ちょっと観光をしていきたいんだけどいいかな?」
そういうソルだがアメルは朝ごはんが冷めてしまいますよ、と言って却下した。
 そうこうしているうちに二人は屋敷へとついた。呼び鈴を鳴らす前に扉が開く。
「おかえりなさい、ソルさん、アメルさん」
出迎えるアヤは笑顔で二人を迎え入れるが、目が笑っていない。ソルは表情をひきつらせながら、アメルは疑問に思いながら玄関へと入る。そこへエルジンがおねえさんたちー、朝ごはんできてるよと声をかけて居間へと来るように促した。
「んー、おいしそうな朝ごはんですね、あたしたちに馴染みがないからどんな味がするのかすごい楽しみです」
「まさか朝からこんなものが出てくるとは……」
嬉々として席に着くアメルの横でソルが驚く。なにしろテーブルに置かれているのは美味しそうな寿司。エルジンが笑顔でいう。
「いや、どうせなら変わったものを食べたいなぁってことでアヤさんの世界に伝わる食べ物を朝から作ってみたんだよ。たしかチラシズシとか言ったっけ?」
えぇそうです、とアヤが横で肯定する。
「なんかオスとかいう体にいい調味料とか入ってるから疲れている二人にはいいんじゃないかって」
あ、ありがとうとお礼をアヤに行ってからいただきます、とアヤに教えてもらった食前の挨拶をして早速チラシズシとやらに手を付けてみる。
「ちょっぴりさわやかな酸味があって、(モグモグ)でも(モグモグ)若干甘みもあって、おいしいですね、アヤさん今度作り方教えてほしいです」
「そうだな、これはおいしい。アヤ今度一緒に作ろうぜ、作り方俺にも教えてくれよ」
いいですよ、とやっと目まで笑顔になってアヤは微笑む。
「あ、ボクちょっとお湯を沸かしてくるね、お姉ちゃんたちは座っててね」
そういってエルジンが台所へと姿を消す。彼がいなくなって三人と一機になった居間でエスガルドが口を開く。
「確カ、蒼ノ派閥ガ襲撃サレタと聞イタノだガ、ソレハ真か?」
それにこたえるのはソルだ。
「あぁ、本当だ。夜中に爆発があって俺とアメルで行ってみたら昔から寄宿舎として使われているという建物が炎に包まれていた。突然のことで生徒が逃げ遅れたみたいだった。襲撃者は悪魔だったみたいだな。俺とアメルで協力して撃退したんだが……」
「ものすごい数の悪魔でしたよ」
ソルがお茶を濁したのでアメルが引き継ぐ。
そうだったんですか……アヤが相槌を打った後彼女のパートナーに詰問する。
「じゃぁなぜ、わたしを起こしてくれなかったのですか」
そ、それは……とソルは答えに詰まる。――お前にだけは言いたくない、お前にだけは……――
。その横から私が起こさないようにしようといったのですよ、とアメルが助け舟を出した。
「皆さん寝てらっしゃいますし、私たちだけでも消火ぐらいなら何とかなると思いましたし……まさか悪魔が襲撃してると思いませんでしたが」
アヤはまだ不満げだったがこれ以上聞いても仕方ないと思ったのかこれ以上追及はしなかった。
しばらく気まずい沈黙が流れた。しばらくののちおまちどうさまぁとエルジンがのんきな声でやってきた。
「アメル姉ちゃんがいつも入れてたようにジャスミンティーを入れてみたんだけどどうかなぁ?」
ありがとう、エルジンとソルは礼を言う。アヤもありがとうとだけ添えた。
「今日の作戦はお昼すぎたらいくってさ、アメル姉ちゃん。ギブソンさんから言伝だよ、ボクは伝えたよ」
「わかりました、微力を尽くします」
そんな事務的な会話ののち一同はまた少しの間黙ってしまう。
――むぅ、沈黙が重い……まぁ無理もないよな、なんて言ったってカスラと戦うんだから……――
ソルがそんなことを考えているとアヤが唐突に沈黙を破った。
「そういえば私たちは今日ついてくるように言われてないのだけれどいいのかしら?お手伝いが必要だから私たちを呼んだのではなかったですか?」
唐突にあたりまえのことを聞くアヤにはエスガルドが答える。
「貴公タチニハ、明日以降助力をお願イスル」
そうか、とソルは相槌を打つ。
「今日は下準備ですよ。一日では終わらないとギブソンさんが判断したんだ」
エルジンが付け加える。そうしてまたしばらく沈黙が続く。
――だから、なんでアヤは口数が少ないんだ?俺がアメルと夜愛の逃避行をしたとでも思っているのか?――ソルはなんかかなりずれたことを考える。
一方のアヤはというと。――んー、朝日を浴びながら広い屋敷で静かな穏やかな朝を過ごすのはいい気持ちですね……――と全く別のことを考えていた。
 そうして沈黙が流れるうちに玄関からただいまー、と元気なミモザの声が飛んできた。彼女は居間に着くなりいう。
「お昼過ぎにはお昼を済ませて出発するから準備しておいてね」
わかりました、とアメルとエルジンが返事をする。
「じゃぁわたしお昼の用意をしないと……」
と言って席をはずそうとするアメル。そこへ言葉をかけるのはアヤだ。
「実はお寿司作りすぎてしまってお昼の分が十分残っているのですよ、お昼は心配しないで下さいね」
そうですか……と若干残念な顔をのぞかせるアメルにソルは君は少しでも寝たほうがいいよ、といった。

ソルは朝ご飯がお開きになるとすぐに書架へと向かう。――昨日読もうとした本を今日中に読んでおかないと……――
本を開こうとした瞬間、ガチャリと部屋の扉が開いた。
「ソルさんここにいたんですか」
入ってきた人物が言う。
「アヤ?俺になんか用か?」
ソルはいつも以上にぶっきらぼうに返事をする。
「いえ、こうして天気もいいですし王都を散歩してみませんか?二人でなら散歩もいいかと思いまして……」
ちょっとはにかみながらアヤはそう言った。ソルはそんな様子を見て悪くないかと腰を浮かす。
「あぁ、アヤとなら悪くないかもな」
ソルがちょっと笑った。
 王都の中央通り。マーケットが並ぶ。まずはいろいろ見たいものがあるとアヤはそこへソルを誘った。ソルもソルで特に断る理由もなく快く承諾した。――アヤと一緒ならどこだって楽しいからな――
「ソルさん、これ……」
ん、とアヤの指し示す先にはハルシェ湖とで取れたとされる丸い物体が……。
「これ真珠ですよ!!真珠のブレスレットです……」
――アヤが指し示すものは真珠というのか。きれいだなぁ、アヤは欲しいと言っているのか?でも高くて買えないぞ……――
「こちらの世界で真珠を見かけるとはちょっと意外だったのでうれしくなってしまいました」
そうか、と彼は相槌を打つ。視線を逸らした先では彼の眼にとあるピアスが目に入った。しかも割と安価な値段で売られている。視線に気づいた脇道の商店主は彼に声をかける。
「にーちゃん、どうだい、1個3000バーム、いや2500バームにまけるよ?」
「これは……黒曜石のピアスか?石言葉は『摩訶不思議』だったような……きれいだな……」
ソルは数刻の思考ののち買うよ、と店主に告げる。まいどありーと店主が威勢のいい声を上げ、彼は代金と引き換えに商品を受け取る。どうやら本物のようである。
――たしかこれはこの辺りではローウェン砦の周辺でしか取れないのではなかったか?こんな値段で売っていいものなのか?――
彼は訝しむがどうやら本物のようである。そこへ服屋さんに行っていたアヤが帰ってきて声をかける。
「そろそろ帰りましょう、お昼ご飯の時間が近いです」
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