忌まわしき遺産

□屋敷にて〜とある召喚師の夜〜
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夕方、アメルの用意してくれた夕食を目いっぱいに堪能したソルは訳あって書架に来ていた。彼は調査に参加する前にいろいろとメイトルパについて調べたかったのである。
―――せっかく、ミモザの家に来てるんだ、メイトルパの召喚術についての資料もいっぱいおいてあるだろう。専門外な属性とはいえ俺もアヤの助けになるためにはもっと召喚術をスキルアップしないといけない!!俺自身がもっと強くなるためにも、アヤに負担をかけないためにも……―――
ここ最近彼はアヤに専門外の属性の召喚術を頼っているのが負い目だ。先の無色の派閥の乱、傀儡戦争では彼の専門分野の召喚術は相手にとっては抵抗が大きくあまり有効打になりえなかった。機属性についてもゲイルが攻め寄せてきたため、あまり有効だとなりえずアヤの召喚術に頼る形になってしまった。結果彼女に負担がかかってしまい、彼女は体調を崩してしまった。
―――もう俺は、アヤにあんな目には遭わせたくないんだ!!―――
戦闘時、彼女は大丈夫ですと言い続け限界まで仲間のために魔力を振り絞った。撃退そのものには成功したが帰り着いたフラットで彼女は倒れてしまった。彼がベッドまで運び付きっ切りで1週間看病したにもかかわらず彼女はなかなか良くならなかった。彼は自分を責めた。俺がほかの世界の召喚術も使えたらこんなことにはならなかったと。彼の見立てでは彼女は魔力を過剰に引き出したため体が結果としてついていけなかったのだ。付きっ切りで1か月看病した結果、彼女はやっと通常の生活ができるようになったのだった。3か月は魔力を用いようとするとまた倒れてしまうので彼が禁止した。やっと4か月後にしっかりと元通りまで回復したのだった。
ソルはメイトルパの中級術の書物を棚から出してきて読み始めた。ランプしか明かりがないため若干くらいがお構いなしだ。彼はアヤをなんとしてでも今度は守りたかったのだ。その気持ちが彼を日々メイトルパの召喚術の本を寝る間も惜しんで読む行為へと追いやった。アヤはそれを心配していた。彼がいつか体調を壊すだろうと。だが、彼はやめる気はさらさらなかった。ほかでもない彼女を守るためならそれぐらいなんでもない。彼の決心はそこまでにも固いものだったのだ。
 彼が本を読み始めてかなりたった頃、とある人物が書架へと入ってきた。とある人物が近づいてもソルは全く気付かない。とうとう……
「わっ!!!」
「うわぁっぁ!!だだだだ、誰だ!!?」
脅かしてしまった。ソルは大慌てで椅子から落ちた。
「あはは、まさかそんなに驚くとはね。驚かし甲斐があるわぁ。」
お、面白がるなよぉ、ミモザぁといいながら彼はまた本へと目を戻そうとする。そこへすかさずミモザは横槍を入れてきた。
「ほらほら、本を読んでばかりでもあれでしょ。一回気分転換しましょ。お茶を入れてくるから居間まで下りてらっしゃいな」
「わ、わかったよ。」
承諾しないとミモザが帰りそうにもないと判断した彼はうなずいて付箋を挟む。ミモザはその間にもう行ってしまっていた。
―――そうだな、とりあえずお茶をもらってからでも本は読めるか……。―――
彼はそう思い、階下へと足を向ける。

彼が階下へ降りて居間に行くとミモザが当然のように座っていた。
「あれ?たしかお前お茶を用意してくるって……?」
ソルが当然のように疑問に思い問いただすがミモザは不敵な笑みを崩さない。答えは別のところから帰ってきた。
「それは、私が用意するからですよ」
アメル!?と声の主に彼が驚く。
「おまちどうさまです。お芋さんのパイを焼いてハーブティーを入れてきました」
はい、ソルさんとアメルに渡されて彼は礼を言う。ミモザさんにもどうぞと言って彼女はミモザにも差出し、自分の分もテーブルに置いてわきへ盆をやる。そのタイミングを見計らってミモザが口を開く。
「んで、ボウヤこんな夜更けまでずっと何の本を読んでたの?休憩も入れてなかったらしいじゃない?」
「メイトルパの召喚術についての本だが……。休憩を入れてないことをなぜ知っている?」
ソルのもっともらしい質問にはアメルが答えを差し出す。
「私が時々見ていたんです。本当は私がお茶を入れてお芋のパイを焼いてソルさんに休憩してもらおうと思って。ミモザさんにはソルさんを呼んできてお茶に連れてくるようにと頼んだんです。ずっと本を読んでるだけだと疲れるでしょう?おなかもすくかなぁって……。余計なお世話でしたか?」
い、いやとソルが少しうれしさを、でも一方では見られていたと知って気恥ずかしさを覚えながら返答をする。
「で、何の本を読んでたわけ?」
ミモザはわかりきっていることをもう一度白々しく聞く。ソルが答えた瞬間ウサギを狩る猛獣の目つきになるだろうという聞き方だ。
「じゃぁ、質問だけどどうしてそんなに熱心に専門外の分野の召喚術について書かれた本を読むの?キミの専門はサプレスの召喚術とロレイラルの召喚術でしょ?なんでメイトルパの召喚術についての本を読むの?」
ミモザの質問に彼はしまったと思った。
――これは自供を促す罠だったのか!?――
彼が困惑してるとアメルが横から口を挟んだ。
「すごい真剣に読まれてましたよね?わたしたびたび見に行ってたんですよ?」
「どうしてメイトルパの召喚術を学ぶ必要があるの?キミはすでにロレイラルとサプレスの召喚術が使える、それだけでほかの召喚師とは一味違うじゃない?どうしてそこまで貪欲に力を求めるの?」
ミモザが距離を詰めてくる。
――お、俺は……ここで白状するわけにはいかない。ミモザが知れば当然周りに言うだろう。そしたらアヤに伝わるのも時間の問題だ。――
「……ぃ、おーい」
ん?彼はミモザが自分の顔の前で手を振っていることに気付く。
「どうした、ミモザ。俺の目の前で手なんか振って」
ソルが疑問に思って訊いてみると答えがアメルから返ってきた。
「ソルさん、さっきから何回質問しても返事がないし」
「で、どうしたのよ?いきなりメイトルパの召喚術に手を付けたのには理由があるんでしょ?」
ミモザが追及を続けるが彼は話さない。
――アヤが知ったら必ず止めるに決まってる。あいつは優しいから自分が苦しむほうが他人が苦しむより……って考えるだろう。俺は絶対にここで白状するわけにはいかない、俺はお前を守りたいんだ。もうお前が無茶をしてしんどい思いをしたり、苦しんでいるのは見たくないんだ。――
絶対に話したりなんかするもんかと決心しているソルは唐突に話題をそらすための言葉を発する。
「お前たちこそ何をしていたんだ?」
唐突に話題を変えられ一瞬二人がきょとんとしたが答えが返ってくる。
「あたしたちは明日の打ち合わせよ。アメルの力で力の源はどこか探ってもらって、実際に目の前まで行って目印つけてくることにしたわ」
「頑張ってきますね、皆さんがたどり着きやすいように」
「アメルちゃんは頑張らなくてもいいわよぉ?そんなに頑張られるとあたしたちの立場がないじゃない?」
ミモザがにやにやしながらソルのほうを見る。ついでに付け加える。
「まぁ心配いらないから。任せておきなさい。」
「そうですね、みなさんがいらっしゃるときにはちゃんとお仕事ができるように下準備はばっちりしてくる予定ですのでご心配なく」
アメルがそう念を押す。それに対し、そうか、とソルは呟き付け加える。
「じゃぁ、俺は本をまた読みに戻るからな。」
ちょっ、話はまだ終わってないわというミモザの制止もよそに彼は書架へと戻っていった。
暗い廊下を歩きながら彼は考えた。――俺は、俺は、俺は……!!――

彼は書架に戻ってからも付箋を挟んだ本を読み続けた。ざっと1000ページはあるだろうその本のもう5/7は読み終わっている。が……。
「え?うそだろ……。ランプの灯が消えやがった……。っち長時間つけすぎて燃料切れか……。」
燃料を足しに行こうとして彼は自分が燃料の置き場がわからないことに気付いた。
―――っち、これじゃ明かりをつけることができないのか。仕方ない……。―――
「召喚、聖母ブラーマ。」
仕方がないので聖母ブラーマを召喚することで部屋を照らす。間もなく部屋は心地よい光で満たされる。
――よしっ。また本が読める。――
 カチカチカチカチ……。書架に据え付けられている柱時計が時を打っていく。
 やがて彼は本を読み終えた。その読み終えた本を返し次の本を棚から持ち出す。
――これでマスター!!獣属性魔法中級編――
そう銘打たれた本は獣属性の中級魔法のマスターを目的として書かれたものだ。開こうとしたとの時……。ドーン!!!地響きとともに耳をつんざくような音がした。
「な、な、な、なんだ??」
ソルは様子を確認しようと書架を出て二階のテラスへと向かう。目に入ってきたのは…………。
「ど、どうしたんだ?かなり距離があるがこんな夜中に空が明るくなるなんて火災か?」
―――とりあえず確かめてみよう夜中なら人手が足りないだろうし、誰かがやったんだとしたら―――
ぶんぶん、そこまで考えがいたって彼は考えたくないと頭をちぎれよとばかりに振る。
―――とりあえず、確かめてみよう―――
彼は玄関へと向かう。その途中でアメルに出くわした。アメルが走りながら彼に訊く。
「さっきの爆音、何かあったんですか??」
「わからない、だがこんな夜にあんな大きな音がするのは尋常なことではない」
彼はとりあえず事実をありのままに伝え、急ぐぞと吐き捨てて夜の王都へと走り出した。

事件が起こった場所は空の明るさでおおよそ見当がついた。こんな深夜に明るくなっていればすぐわかる。ソルとアメルが走っていくが……。途中でアメルが横を振り返るとソルの姿がない。
「あれ?ソルさん?あれ……?おかしいなぁ……たしかずっと一緒だったと思ったのに。」
アメルが独り言をいう。その直後ソルが遠くから通りを下ってきているのが目に入る。どうやら村育ちのアメルの走る速さにはずっと小さいころから勉強漬けだったソルではついていけなかったようだ。案の定、アメルのところまでやってきた彼はぜぇぜぇと肩で息をしている。
「何をしてるんですか、ソルさん、このままだと大変なことになりますよ、もっと速く走ってくださいよ!」
「そ、そ、そ、そ、そん、な、ここ、こと、いわれ…、たって、俺、には、これが限界なんだよ」
若干笑いながら揶揄するアメルに対してソルは憤る。ただでさえ息が上がって顔が赤いのに怒りでますます赤くなる。
「まぁ、しゃべってるヒマがあったら行きましょうか」
あぁ、とソルが返した時にはアメルは再び走り出していた。
 二人がつくころにはその建物は炎が全体に回っていてとんでもないことになっていた。
「こ、こ、ここって、蒼の派閥の本部じゃ?」
アメルが記憶をたどってソルに質問する。ちなみにソルはいまだに息が切れ切れでぜぇぜぇと肩で息をしていて顔すらも挙げられる状態ではない。対するアメルは全く息が上がっていない。彼女にしてはゆっくりのペースで走っていたのだ。とりあえず、アメルは最初にすべきことを瞬時に判断し、彼へと伝える。
「ソルさん、ここには寄宿舎があるはずで、そこには大勢の見習いたちが寝ているはずなんです!急いでそこの人たちを助けましょう!」
わかったとソルが息も切れ切れに答えるが彼は動けない。体力的な問題ではなく、建物の構造が不明なのだ。そんなソルをアメルは訝しむ。
「ソルさん、なにボーっと立ってるんですか?早くしないと手遅れに……」
「なぁ、アメ、ル。ここ、の、寄宿舎ってどこか、わかるか?」
急かすアメルに彼はもっともなことを言う。そういえば……とアメルが答えに詰まっているのを見てソルは付け加える。
「おおよその見当つけて動かないとやみくもに探し回ってるようじゃそれこそ手遅れになるぞ?」
そうですね、とアメルが返事をする。そこで記憶をたどる。
「たしか以前エクス様やグラムスさんたちにお会いした時は東側のあちらの建物だったんです。普通実践(戦闘)試験場や教室は集めるでしょうから、ということは寄宿舎は西側の建物?」
わかった、とソルは建物へ駈け出した。
扉を探す間はないということで窓からの突入になった。
「アメル、君は下がっていてくれ。俺に任せて」
ソルは男らしいところを見せようとアメルにそういった。ところがアメルからは反論が。
「むしろ私がやったほうがきっといいです。ソルさんは力があまりなさそうなので」
痛いところを突かれて彼は言葉に詰まる。
――むぅ、たしかに力がとてもじゃないけれどあるとは言えないんだが……面と向かって言われると情けないなぁ……――
そう思っている間にアメルは窓ガラスを体当たりで粉々にしていた。まぁ当然といえば当然だろう。彼女はああ見えても家事を一手に担っているうえに畑仕事もするのだ。重い鍋を持ち運んだり、畑を耕したりで力は割にある。
「ソルさん、突破口が開きました!」
わかった、と彼が応じて二人は中へと入って行った。
 中へ入るとそこは火の海だった。あたりからは派閥の養成している新人召喚師の助けを求める声がたくさん聞こえてくる。どうやら真夜中だったためほとんどの生徒が逃げ遅れたらしい。
「まってろよ、今助けに行ってやるから……!」
ソルさん、どうしましょう?とアメルに助言を促される。彼は考えた。
――うーんまず、俺は力がない、つまりは抱きかかえて脱出はできないわけだ。さらにまず生徒の部屋にまでたどり着くまでに普通なら力尽きてしまう……。こんな時、お前(アヤ)ならどうする……?――
知らず知らずのうちにアヤに助けを求めている自分自身に嫌気がさし情けなさを感じる。だがここに彼女はいないのだ。
――俺が何とかしないといけないんだ。あいつにいつまでも助けてもらうなんて情けない!――
ソルは必死に考える。考えた末、ある召喚石に手をかける。ローレライのものである。まかせろ、と彼は叫ぶ。
「召喚!ローレライ!アクアトルネード!!」
彼の意志によって召喚されたローレライはあたりを渦の中へと入れる。当然のように水に触れた火は温度を維持できず、また酸素を補給できず消えていく。
――よっしゃ!これで行こう!!――
「ソルさん、すごいです、苦手だったはずのメイトルパの術をばっちり使いこなしてます!!」
――俺には鬼龍ミカヅチが召喚できないからなぁ……――
徐々にあたりの火が消えていく。
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