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□悲劇のヒロインを夢見る
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たった今、私の目の前で淡い恋が終わりを告げた。
無言で見つめあう二人は、幸せそうな笑顔を浮かべながらお互いの距離を縮める。
額に瞼に頬に唇に、慈しむように落とされる口付け。
軽く合わせるだけのそれは気づけば深くなって、どんどん進んでいく二人の行為は見ていられないほど苦しくて痛くて辛い。
はずなのになぜか涙は零れなくて、ただただその光景を眺めながら、呆然と立ち尽くすことしか今の私には出来なかった。
すると突然、私の視界が真っ暗な闇に閉ざされた。
「え、やだっなに?」
「わわっ。ちょっと落ち着いて未琴ちゃん」
「たか、お?」
「はーい。高尾ちゃんでっす」
「な、にして……」
「だって未琴ちゃん、アレ見続けんの辛くない?」
言い終わると高尾は目を覆っていた大きな手をどけて、私の身体を反転させた。
当然向き合う形になった高尾の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「あの、たか……」
「なかなかゴミ捨てから帰って来ないから心配したんだぜー?」
「ごめん……」
「っつっても、これじゃ仕方がないか」
私の言葉を明るく遮る高尾。
そして頭をポンポンと撫でて苦笑いする彼には、全てを見透かされているようだった。
この恋心は誰にも言ったことがないのに。
「気にするなって言いたいところだけど」
「え……」
「泣きたいなら、泣いていいぜ?」
誰も、見てねーから。
そう言って高尾は私の頭を自分の胸に押し付けた。
高尾の優しい体温と、かすかな汗の匂いに安心して、私は声を押し殺して泣いた。
だから高尾がどんな表情で、何を見ていたかなんて私は知らない。
(悪いけどオレは、誰にでもガラスの靴を履かすアンタみたいにはなんねーよ)(さしずめオレは)(自ら毒林檎を食べちまったオヒメサマを救う王子様ってトコ)