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□気になるあの子
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正直、国語は苦手だ。
物語の登場人物の気持ちなんて考えたってわかるわけないし、それは所詮オレら読み手のエゴだろ。
それが短歌や俳句ならなおさらで、オレには良さがいまいちわからない。
答えが一つだけの数式を解いているほうが明確でいい。

そう、思っていたのに……。




ある部屋の廊下に飾られた短歌の前でオレは立ち尽くしてしまった。
何がオレを引き留めたかなんて自分でもわからない。
けどその句に心惹かれて、胸が苦しくて、鼻の奥がツンとした。

早瀬未琴

左下に書かれた名前を頭で繰り返して覚える。
聞いたことがないから同じクラスになったことがないのか、はたまた年下か。
会ったこともないその人に、気付けば心を奪われていた。
出来ることなら彼女と同じ世界の、ほんの末端でもいいから共有したいと。






図書室のカウンターに頬杖をついて辺りを見渡す。
運動部が盛んな秀徳では図書室を利用するやつは少ない。

ただ座って無駄な時間を過ごすことに思わず溜め息が零れた。




―これだから図書委員の当番は嫌いなんだよ。どうせ誰も本なんて借りねぇだろ。あー、バスケしてー。




ぼんやりしながら心の中で悪態を吐くオレは、目の前に差し出された本に気付くのが遅れた。




「あの、すみません」

「あ?……っと、悪ぃ」

「いえ。これお願いします」

「ああ……カード貸して」

「はい。お願いします」




カードにバーコードリーダーを翳して表示された名前にぎょっとした。
早瀬未琴、オレがあの日から探していた名前だ。

突然固まったオレを不審に思ったのか、早瀬さんは小首を傾げて不安げに見つめてきた。
オレは慌ててカードを渡し、受け取るために伸びてきた彼女の手を掴んだ。




「えっと……あの?」

「アンタ、あの短歌の」

「あ、見て下さったんですか」

「ああ。上手く言えねーけどすごく感動した。31文字でこんな世界が表現できるんだって」

「ありがとうございます」




控えめにはにかんで笑う早瀬さんが綺麗で、オレは目を逸らした。
やんわりと手を離され、本を抱えた彼女がまた笑う。




「こちら、来週までに返却しますね」

「あ、ああ」

「それから……」




―いきなり凄まれては下級生が怯えてしまいますよ、宮地くん。




クスリと先程とは違う笑みを浮かべた早瀬さんに、オレは敵わないだろうと悟った。







((つーか名前……知ってたのか))((何度か通っても意に介さないんですもの))
(そんな気持ちを込めた歌がまさか貴方の目に留まるなんてね)

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