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□ぬくもり
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「やだぁっ!コト、しょーちゃんのそばにいる!ずっとおててにぎっててあげるんだもん!」
「コトちゃんがいるならぼくだってしょうちゃんといたい!」
「未琴、いい加減にしなさい」
「だって……しょーちゃんが起きたときだれもいなかったらさみしいもん。だからコトとかおるちゃんがいてあげなきゃ!」
随分と懐かしい夢。
俺がまだ入退院を繰り返していた頃、朧気な意識の中でよく聞こえてきた会話。
目が覚めるといつも右手は未琴が、左手は薫が握っていてくれた。
二人の手が温かくて、側にいてくれることが本当に嬉しかった。
俺の心臓はまだ動いている、俺は一人じゃないんだって思えたから。
ふわふわと夢現を彷徨いながら、段々と意識が浮上してくる。
今、両手から伝わるこの体温が現実であればいいのに。と、願わずにはいられなかった。
「……ん」
「あ、翔ちゃん起きた?」
「かお、る……と、未琴?なんで……」
「もう!覚えてないの?翔ちゃんが倒れたって聞いて僕たち飛んできたんだから」
目が覚めたら右手はベッドに伏せる未琴が、左手は眉を寄せた薫が握っていてくれた。
その事実に不覚にも涙腺が緩みそうになる。
そして、俺をたしなめる薫を見て思い出した。
俺は、体調がいまいち優れないまま卒業オーディションの練習をしていたら倒れたんだ。
「未琴なんか泣きそうな顔して、翔ちゃんが起きるまで側にいるって聞かなかったんだよ?今は疲れて寝ちゃったけど」
「そう、だったのか。悪ぃ」
「ん、」
「あ。……翔ちゃん。喉渇かない?僕、何か買ってくるよ」
未琴がわずかに身動ぎをすると、薫は思い出したかのように立ち上がった。
薫の有無を言わさない笑顔に俺は小さく何でも良い、と返した。
実際に喉も渇いていたし、薫の申し出は素直にありがたい。
去り際の一言がなければ、だけど。
「僕、この学園の地理はよく分からないから、30分は帰って来ないと思う」
―それまではごゆっくり。
薫があんな言葉を残していくから、未だに起きない未琴を変に意識してしまう。
髪の毛切ったんだとか、化粧なんてしなくても十分可愛いのにとか、薄く開いた唇が色っぽいなとか……って、俺は変態かっ!
「しょ、う」
「な、なんだ?」
「ふふっ。しょーちゃ、はコトが……まもってあげるんだから」
「っはあ……。寝言、か」
寝言に返事をしてしまったことに若干の恥ずかしさを感じながらも、俺の夢を見てくれていることに頬が緩む。
溢れ出す愛しさに俺は、空いた左手で未琴の髪を撫でた。
叶うなら、この時間が永遠であればいいのに。
まあ、それが成就することがないのは百も承知なわけで、せめて二人きりの時間を満喫しようと思った。
(好きだぜ、未琴)(ただいまー)(んなっ、薫!)(結局迷子にならなかったんだ(だって、翔ちゃんだけズルイもん))(そ、そうか……)(ねえ、翔ちゃん顔赤いよ)(きっ気のせいだろ)