君影草
□05
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「うっぷ。気持ち悪ぃ……」
「朝方まで呑んでいればそうなりますよ。白子に釘をさされたのでしょう」
「うー。つか、鈴蘭」
「何ですか?」
「てっきり空丸達と一緒に行くと思ってたんだが、どうして待っててくれたんだ」
「空丸には宙太郎も付いていましたし、兄上だって怪我をなさっているでしょう。それにその二日酔い……」
途中で何かあったら困ると思いまして。と、純粋に心配してくれる鈴蘭に感動して、天火は思わず抱き着きそうになる。
が、昨日の傷に二日酔いも相まって静かに腕を下ろした。
「それより、私また途中で寝てしまったのですね」
「ん?ああ、可愛い寝顔見させてもらったぜ」
「……ご冗談を」
「冗談なんかじゃねぇぞ!本心だ」
「それはそれで困ります」
僅かに赤くなった顔を隠すように鈴蘭は早足で診療所を目指す。
そんな鈴蘭を天火が優しく見つめていた事を彼女は知らない。
「あら、空丸。治療はもう終わって……空丸?」
「へーい先生。今空丸が出て行ったがもう終わったのか?」
「天兄ィイイイイ!空兄に大嫌いって云われたっス!!!」
「あ、宙太郎。今兄上を揺らしたら……って」
鈴蘭の後からすぐ入ってきた天火に泣き付こうとする宙太郎を、天火は扇子の一撃で躱す。
寸でのところで間に合わなかった鈴蘭は、更に泣き出す宙太郎を抱き締めて頭を撫でた。
そして純真な三男に、ウ○コを持って行け。とくだらない入れ知恵をする長男を呆れながらも見守る。
天火至上主義な宙太郎は必ず実践してしまうと思いながら、嬉々として駆けていく背中を見送った。
「兄上、宙太郎をからかうのも大概になさって下さい」
「わかってるって」
「本当ですか?……あ、先生。こちらに書いてあるものいただけますか?」
「ちょっと待っておれ」
一応天火を窘め、診療所に来た目的のものを先生に頼む。
程なくして戻って来た先生に代金を支払うと、鈴蘭は帰り支度を始めた。
「あれ、もう帰るのか?」
「ええ。神社の事白子に任せっきりですし、買い物でもして帰ろうかと」
「そうか、気を付けて帰れよ」
「はい。では先生、ありがとうございました。兄上の治療、よろしくお願いします」
「任せておけ」
一礼して鈴蘭は診療所を後にした。
「天火、鈴蘭は気付いておるのか?」
「んー?この怪我の処置は鈴蘭がしてくれたしなー。二日酔いだって俺を気遣ってくれたし」
「そっちじゃないわ。分かっておるじゃろう、天火」
「……さぁな」
「(今日は魚にしようかしら)」
「あら、鈴蘭ちゃん。今日も綺麗やねぇ」
「こんにちは。そんな事ありませんよ」
「謙遜しちゃって!ほら、これ持って行き。さっき空丸くんも通ったけど、曇の皆には助けられてばかりやからね」
「ふふっ、兄上達は頑張っていますからね」
「何云ってんの!天火くん達だけやないで。鈴蘭ちゃんの笑顔と美味しいご飯のお蔭で、あの三兄弟は元気に頑張れるんやから」
「そうだと、いいですけれど」
「もっと自信持ち!なっ」
「ありがとうございます。こちらも、美味しくいただきますね」
街を歩けば至る所から声が掛かる。
皆笑顔で活気に満ちた、温かい場所。
この温かくて優しい土地を守っていきたいと、鈴蘭はいつも思う。
ゾクッ
「っ!?」
突然、穏やかな空気を切り裂くような気配がした。
気のせいであればいいが、何だか妙な胸騒ぎがする。
先に帰った空丸と宙太郎の安否が気になり、鈴蘭は神社への道程を急いだ。