君影草
□ひだまりのあわゆき
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「よっしゃー!雪だ!行くぞお前ら!!!」
「天兄!オイラ雪だるま作りたいっス!!」
「おうっ!あとは雪合戦だな!」
「面倒臭ぇ……」
「ほら空兄も!一緒に行くっスよ!」
「あ、おい引っ張るな宙太郎!」
近江に雪が降った。
昨夜から降り続き、綺麗に雪化粧した庭を見て天火が叫ぶ。
空丸と宙太郎を巻き込んではしゃぐ天火を、俺は鈴蘭と一緒に眺めた。
「宙太郎!雪玉もっと作れ!!」
「はいっス!」
「おい!何で二対一なんだよクソ兄貴」
いつも通りの三人を微笑みながら見つめていた鈴蘭。
ふともう一度視線を向けると、三人を見ながらも別の思いに耽っているように見えた。
「鈴蘭」
「え……あ。何ですか?」
「考え事?」
やはり意識は違う場所にあったらしい。
何度か瞬いた後、返事が返ってきた。
「えっ、と……白子さんに初めて会ったのもこんな雪の日だったなって」
「そう云えば、そうだな」
「私、白子さんを初めて見た時、雪のような人だと思ったんです」
「雪?」
「はい。触れたら消えてしまいそうな儚さがあって。でも……瞳は真っ直ぐで、春に芽吹く菫のように優しくて温かい」
正直驚いた。
鈴蘭が俺との初対面で抱いた印象は勿論初めて聞いたし、まさかそんな事を思っていたなんて。
あの頃を今振り返っても、決していい態度はとっていなかった。
それでも見放さずに鈴蘭は俺に家事を教え、天火達は事あるごとに話し掛けてくれた。
それはまるで、春の陽だまりのように気付けば俺の傍にあった。
そこまで考えた所で、心の中で冷笑が零れる。
―嗚呼、いつの間にか俺は……。
「鈴蘭がそんな風に思っていたなんてね。でも鈴蘭…………雪は春のあたたかさや太陽に触れたら融けてしまうんだよ。」
「え?」
「それはもう、雪ではなくなる」
「白子、さん……?」
鈴蘭は俺が雪だと云った。
しかし曇家の人柄に触れ、ぬるま湯に浸かり絆された俺は、今何なのだろうか?
目的の途中で必要のないものに目移りするなんて、中途半端にも程がある。
どうせ、手を伸ばせば届くはずの柔らかな太陽は、眩しすぎて俺には触れられやしないのに。
「少し冷えてきたね。お茶、淹れて来るよ」
「あ……。し、白子さん!」
「……?」
この話は終わりだと暗に告げるように腰を上げる。
すると鈴蘭の少し大きな声に呼び止められた。
首を傾げて続きを促せば咄嗟に声を上げてしまったのか、言葉が続かずに逡巡する鈴蘭がいた。
「ゆき、は…………雪は解けても、白子さんは白子さんですから!」
「……」
「どんな白子さんだって、私の……私達の大切な家族です」
真っ直ぐに俺を見つめて言い切った鈴蘭。
俺の真意とは多少ずれているが、嬉しいと、思ってしまった。
ぼんやりと朧気だった思いが、明確な想いに姿を変えたのはきっとこの頃だと思う。
それでも諦める事に慣れ過ぎていた俺は、この感情に蓋をする事を選んだ。
「ありがとう、鈴蘭」
(この想いを諦める事が)(どんなに難しいか)(あの頃の俺は想像もしていなかった)