陰陽小説部屋

□風のソネット(少陰現)
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 時間を合わせて彰子の車に毎週学校まで迎えにきてもらい、一緒に通っている。二人とも忙しい身なので、ゆっくり話せるのはその行きの車の中でだけだ。メールは毎日送り合うが彰子は電話禁止なので話すことはできない。
 同じ家に暮らして毎朝彼女に起こされていた日々のなんと幸せだったことか。このまま行けば将来はまたそうすることができるだろうが。今は二人に身分の差はない。
「うん、彰子にも聴いてもらいたい」
「もちろんよ、今日はその話でもちきりだったから、みんな来てるわ」
 みんなって誰だ? と三人は首を傾げた。彰子は開け放たれた窓の外、庭に続く方を小さく指差す。夏のパーティーなのでガーデンにもテーブルが用意されていた。その上の料理に見慣れた影が乗っている。
「あいつらまた…」
 紅蓮は頭を抱えた。勾陣は面白そうに目を輝かせる。
 雑鬼達はめったにありつけないご馳走に群がっていた。
「建物には入れないのよ、結界があって」
 それはそうだろう。悪しきものが入らないように伯父と長兄の真晴がパーティーが始まる前に浄めの祝詞をあげていた。しかし効力がさほどではないので、館内にしか効いていないらしい。
「あの子達、真浩のフルートは聴いたことがないって云うから」
 彰子が誘わなければ来ないわけでもない。人がたくさんいるところには妖もいる。だが現代の都会では完全な暗闇がほとんどなくて、彼らの住みかは失われてしまった。東京には広い緑地が何ヵ所かあるのでそこに行けばまだたくさんいるのだが。
 街中をうろついていることはあまりなくなった。
 ちなみに土御門邸の敷地はかなり広いので、庭に三鬼はいつもいる。下手にうろつかれてほかの祓い屋に祓われでもしたら困るので、真浩が一応名を預かっている。彼等は弱く陽気なので伯父達にも黙認されている形だ。
「料理が減っていくけど、誰も気にしていないね」
「まあ、ある意味魑魅魍魎がうじゃうじゃいるからな」
 紅蓮はうんざりしたように広間を見渡した。
「確かに…」
 いつものことだが、上流階級の集まるパーティーの陰の気は半端ではない。空気は完全に澱んでいる。嫉妬、思惑、優越感、劣等感、羨望、憎悪…あらゆる負の感情が渦巻きながら、一見みな和やかに談笑しているのだから尚恐ろしい。かつて内裏で繰り広げられた光景となんら変わりない。
 1000年経とうが人間の本質は全く変化していないようだ。
「何のお話?」
「いや何でもない、それより彰子、パーティーが終わるまでネックレスは絶対外さないでね」
 彰子は頷いた。始まる前に真浩が自ら彰子の首にかけた、水晶のビーズアクセサリーだ。今日、陰の気が彼女に悪影響を及ぼさないように、真浩が天一と天后の髪で作った魔除けなのだ。
 彰子が身に付けても違和感のないようにデザインも凝ったものにしたので、不器用な真浩にはかなり大変な作業だった。六合が手伝った部分がかなりあるが。これをつけていれば悪意を持った存在は彰子に触れられない。
「わかってるわ」
 彰子は自分の胸元にかけられたネックレスを見て少し頬を染めた。真浩がかけてくれた時を思い出したのだろう。だが鈍い少年は気づかずに庭を眺めている。
「あとで彼等に云っておいて欲しいんだ、俺の演奏聴いてもいいけど、大変だよって」
 彰子は首を傾げて真浩を見た。
「いいけど、大変って何のこと?」
「俺もどうなるかまだ確信はないんだけど、多分動けなくなっちゃうんじゃないかな」
 勾陣は頬に指を当てて興味深そうに目を瞬かせた。
「買ったのは銀のフルートだったな、真浩」
 真浩は彼女の顔を見上げる。
「わかっちゃった? 試してみたくて」
 勾陣は真浩の肩に乗っている紅蓮に目線を合わせる。
「学校ではどうだったんだ?」
 新入生歓迎会での真浩のソロのことを云っているのだろう。
「それなりに効いたが、短かったし元々そんなに陰の気のないところだからな」
「楽器もね、吹き口だけ銀だったの。だから純銀製ならもっと凄いかなって思って」
 パーティーで披露するためならと伯父が買ってくれた。噂の四男がどんな人物なのか、周りも興味津々なので。
「新しいフルートなの? 楽しみだわ」
 彰子は純粋に真浩の演奏を楽しみにしてくれているようだ。
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