陰陽小説部屋

□TIME(少陰、篁)
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 昌浩は暗闇を随分長い間歩き続けていた。いつもの夢殿なら暫くすれば彼を夢に呼んだ誰かの気配がしてくる頃なのに。
 いつからかも思い出せないくらいずっと歩いているのに、今回は果てしなく闇が広がっているだけだった。
 昌浩はふと立ち止まる。自分は何故歩いているのだったか…。何処かへ行こうとしていたような気がするのだが。
「…そうだ、川に」
 先に行って彰子を待たねば。祖父を待っていた祖母のように自分もあの場所で彼女を待とう。そう思いながら足を進めるのだが、一向に川が見えて来ない。
 子供の頃川岸まで行った時にはそんなに歩いた記憶力がないのに。
「どこだろうか…」
 立ち止まって方向を見定めていると、前方に何か建物のようなものが見えた。
 冥府の館か何かだろうか。近づいて行くとそれは、天を突くほどの巨大で豪華な装飾の施された唐風の門だった。
 これをどこかで見たことがある。昌浩が考えていると、その巨大な門は目の前でゆっくりと開き始めた。
 中に立っていた人物は険しい表情をしていたが、昌浩の姿を認めると息をついて声を張り上げた。
「我の名は小野篁。冥府十君主が閻羅王配下にして、冥界の門の裁定者なり!」
 昌浩はぽかんと口を開けてその宣言を聞いていた。篁は厳しい視線を昌浩に向ける。
「鬼に堕ちたか、安倍昌浩」
「えっ?! そんなはずは…」
 昌浩は驚愕するばかりだ。川を探していたら冥界の門の前に来ていて、しかもそれが開き裁定者である篁が自分を詰問する。
 死ぬ瞬間に大それた望みを抱いたのがいけなかっただろうか。
 篁は目の前の驚き絶句している人物を見た。篁の方も顔に出していないだけでとても驚いているのだ。
 久しぶりに冥界の門が開く気配がしたから来てみれば、そこには悪鬼ではなく可憐な少年が一人立っていた。安倍昌浩の寿命が尽きたことは知っている。だが彼は善行を重ねはすれ悪行を行ったことは生涯一度としてなかったはずだ。冥界の門が開くこと自体おかしい。
 さらに云えば十四、五の瑞々しい少年姿であることもおかしい。人生を終えた人間は霊魂となると大抵気力体力が最も充実していた二十才代の姿を取るからだ。
 昌浩にしても二十代後半辺りが一番だったのではないかと思うのだが。
 見ると昌浩は白の狩衣、白の指貫に浅沓。冠はなく腰に飾り太刀を帯びている。浄衣姿だ。
 どう見てもやはり少年にしか見えない。そしてもちろん悪鬼には見えなかった。
 二人は暫し困惑したまま見つめ合った。
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