陰陽小説部屋
□足音(夏目、少陰現)
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あの日から夢を見るようになった。
真浩の視界は暗闇に包まれている。自分の手すら見えない漆黒の闇だ。
「あ、夢殿かあ」
いい加減夢殿が暗い場所だと思い込まないようにできないものか。前世でもそうだったので、今さら変えるのは難しいかもしれないが。
真浩はとりあえず歩き出した。じっとしていても何かが起きるわけではないし。
耳を澄ますと子供の声が遠くに聞こえる。そちらの方に足を伸ばした。声は複数ある。
「なんにもいないじゃないか、嘘つき!」
「だから云ったじゃん、こいつすぐ嘘つくんだって」
「注目浴びたいんだろ」
真浩が立ち停まると暗闇に夕景の公園が浮かび上がった。去って行く子供達を一人の少年が見送っている。栗色の髪、色白で少女のように可愛いらしい顔立ち。
(夏目さんだ)
唇は噛みしめられて瞳には怒りが浮かんでいた。悔しいのだろうが、そんな風に感情を露にしては駄目だ。陰の気に引きずられて妖がますます寄ってきてしまう。
「…誰か教えてあげられる人がいなかったんだな」
真浩の前にいる少年は初めて気づいたように顔を上げた。
警戒して真浩を見上げてくる。現在の夏目は高校二年生だが、この彼は小学生だろうか。小柄な真浩よりも背が低い。
真浩は首を傾けた。
「あのね、見える人はいるよ」
「……」
子供は返事をしない。嘘つきと云われていた。こんなことが日常茶飯事だったのかもしれない。可愛い顔立ちに似合わない暗い目をしている。
「お守りを渡したでしょ、あれをいつも肌身離さず持っていてね」
「お守り…?」
真浩は笑うと少年の頭を撫でた。夏目少年は吃驚して目を見開く。誰もこんな風に夏目に触れてはくれないから。
「そうだよ、目覚めたらポケットにちゃんと入れてね」
真浩が云った途端、夏目少年の姿が薄くなる。夢を見ていることに本人が気づいたのだろう。そのまま姿は闇に溶け込むように消えた。
「何度も見ているのかな…」
こんな悲しい夢を。
夕景の公園、去って行く子供達。嘘つきと云う言葉。寂しさと怒りがぶつかって無表情だった少年。出会った時の彰子があんな顔をしていた気がする。彼女はもっと幼かったし、見えるものの恐怖に怯えていたけれど、夏目はどちらかと云うと怒っているように見えた。
理不尽な力に対する怒りだろうか。真浩にもあっても良さそうな感情だが。
(ちゃんと云うこと聞いてくれるかな)
渡したものを夏目が肌身離さず持っていてくれれば少しは彼の身を守ることができるはずだ。