陰陽小説部屋

□宝石をちりばめて後日談(少陰現、夏目)
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 太陰の風に揺られること小一時間。真浩達は東京O区の土御門邸に戻ってきた。
「あっ太裳ー、ただいま!」
 表庭は西洋式庭園で降りるところがないので、いつも裏庭に向かう。木が拓けている場所に太裳が結界を張って待っていてくれた。そのまま地面に降りると太陰の風の威力で周りのものが吹っ飛んでしまうからだ。
 風がぶつかる瞬間にちょうどよく相殺してくれないと、大変なことになるのだが。その辺りの力の調節は結界の能力を持つ神将の中で太裳が一番上手い。
「お帰りなさいませ」
「ふう、ああ疲れた、太陰ありがとう、ご苦労様。天后もお疲れ様」
 太陰は今日の送り迎えだけだが、天后は青龍と共に妖を追って九州まで行かせてしまった。結果的にそうなってしまったのだが、いくら神将とは云え、走るのに楽な距離ではないだろう。最もその青龍は帰りも走っているのだろうが。異界ならいくらかは速い。
「疲れてない?」
 天后は微笑んだ。
「大丈夫です、付いて行った他は何もしていませんし。真浩様も早くお休み下さい」
「うん、ありがとう」
 天后と太陰が隠形すると太裳が云った。
「お風呂の用意をしておきましたから」
「わあい、太裳ありがとう」
 風に乗っている間は寒かったが地上は蒸し暑い。太陰の竜巻に負けないように力が入っていたので肩も凝った。それでもおよそ900kmの距離を一時間ほどで移動できるのだから文句は云うまい。
「紅蓮も大丈夫?」
「…ああ」
 心なしか毛並みも萎れているように感じる。最強の闘将も形無しだ。
 勝手口から邸に入ると、まず一階の端にある住み込み専属運転手親子の部屋に向かう。
 扉から灯りが洩れているので、小声で名前を呼んだ。
「敦彦、起きてる?」
 云い終わらないうちに扉が開いた。敦彦にも見鬼の才はあるので、裏庭に降りるところを見ていたのかもしれない。
「お帰り」
 だが真浩より頭半分高い敦彦の目線は厳しかった。まず真浩の全身をじろじろ見る。怪我がないかを確認すると、大きな溜め息をついた。
「ただいま、あの、何か怒ってる?」
「当たり前だろう、俺に何にも云わないで。でも怪我がなかったならいいよ」
 ダンスのレッスンから帰ってきたと思ったら、食事もそこそこに慌てて飛び出して行った真浩を今まで待っていたのだろう。もし具合が悪ければ治すつもりで。快癒のまじないは真浩も使うが、敦彦が使う術ほどではないから。それにまじないは自分でやるよりも他人にかけて貰った方が効き目が上がる。
「ごめんね、急いでいたんだよ」
 敦彦は難しい顔をしたままだったが頷いた。真浩が妖や悪鬼を退場ていることは知っているが、心配は心配なのだ。
「わかってるよ、お休み真浩。また明日な」
「お休み敦彦」
 手を振って二階の自室に向かう。寝静まった館は少しの音も響くので足音を立てないように。
 部屋に入ると居間のソファに勾陣が座って本を読んでいた。
「お帰り」
「ただいま」
 真浩の姿を確認すると隠形する。ちなみに読んでいたのは料理のレシピ本だった。
「もう3時か…眠いなあ」
 欠伸をしながらバスルームに入る。真浩の部屋は昔まだ土御門家に居た頃父の芳之が使っていた子供部屋だが、館では最も広い部屋の一つだ。居間と寝室、ウォークインクローゼットとバスルームがある。
 伯父の浩之にも息子が三人いて、四番目で養子の真浩が一番豪華な部屋を与えられている。何も思わなくもないが、広い方が神将達がいても差し支えないので、真浩にとってはありがたい。
「着替えの準備をしておきますね」
「ありがとう太裳」
 浴室は西洋式でタイルに白い猫足のバスタブが置いてあるものだ。湯はたっぷり入っていた。ざっと体と髪を洗ってバスタブにつかる。
「はあ、極楽」
「親父かお前は」
 器用にバスタブの角に乗った紅蓮が呆れたように云った。
「だってぇ、こんな風にお湯に入るなんて凄く贅沢だからさ。考えられないよね」
 平安の世では。
 紅蓮は機嫌良さそうに目を閉じる真浩を見つめる。面差しは寸分たがわず全く同じだと思う。1000年の昔なので紅蓮の記憶も薄れている部分はあるが。
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