陰陽小説部屋

□宝石をちりばめて(夏目、少陰現)
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 頭が重い。体のだるさも日増しに酷くなっているようだ。
 先週末H市に観劇に行く塔子の付き添いで夏目も久しぶりに都会に出た。滋と二人で彼女を待つ間デパートや喫茶店に入り、合流した後は三人で夕食を取って帰宅した。
 親戚中をたらい回しにされて育った夏目は誰かとあんな風に外出した経験がなくて、それ自体はとても楽しかった。塔子も喜んでぜひ今度は一緒に観ようと誘ってくれた。
 だがこの頭痛はどうもその翌日から始まった気がする。最初は遠出や人混みに疲れたせいか、風邪でも引き込んだのかと思ったのだが、熱も咳もなくただ頭が痛い。しかも時々何者かに見られているような鋭い視線を感じて、そうすると心臓がやたらに跳ね回り目の前が暗くなる。視線がなくなるとまた楽になるのだが。
 今日に至っては体育の授業中に目眩をおこして昏倒し、今早退して帰る途中だった。
(これは何かヤバい気がする…)
 日差しが目に痛いほどきつい。頭痛がさらに酷くなって、夏目は膝に手をついて大きく息を吐き出した。
(帰ったらニャンコ先生に訊いてみないと)
 暫くそのままでいるとどうにか痛みが和らいできた。
 とにかく早く帰らないと、と顔を上げる。夏目は前方の道の真ん中に人影を見た。
 銀色の長い髪、翡翠色の目をした若い女性だった。見たこともないような美しい顔立ちをしているが、どう見ても日本人ではない。着ている服も仏像が纏っているものによく似ている。足は裸足だった。
「なんだ…?」
 妖なのか? 最近感じていた視線の主なのだろうか。警戒する夏目に彼女は眉を曇らせ気遣わしそうな表情を向けた。
 そこへどこからか男の声が聞こえた。
『天后、姿をさらすな』
 彼女はぜえぜえと息をつぎながら自分を険しい目で見る少年を見る。
「だって青龍、あまりにも辛そうなのですもの…」
『我々は目を離すなとしか言われていない。余計な手出しは無用だぞ』
 彼女は声の主と喋っているが、夏目の目にはそこにはぼんやりとした影が映っているだけだ。背は彼女よりもだいぶ高い。
 関わらない方が良いのかもしれないが、翡翠の瞳には怪しい影も思惑もないような気がする。ただ優しいだけだ。そう言ってつい妖につけこまれる夏目なのだが。
「あんた達は何だ…? 言われているって、何のことだ?」
 答えてくれるかどうかわからないと思ったが、彼女は驚いたように目を見張った。
 天后は顕現しているが青龍は隠形したままだ。先刻の会話も聞こえていたらしい。この少年は凄まじい見鬼だ。
「私が見えているの」
 夏目は頷く。天后のすぐ左隣を指差した。
「そこにも誰か…さっき喋っていた男の人がいる。影みたいにしか見えないけど」
 天后はさらに驚いた。隠形している神将の姿を捉えるなど、主や先代の主くらいにしかできまい。
 一方夏目はまたあの鋭い視線を感じて体の重さに地面に膝をつきそうになった。
「大丈夫!?」
 天后が駆け寄ってきて支えてくれる。しなやかで細い腕だったが、力は強いようだ。
 不自然な動悸は体の中を何かが暴れ回っている、そんな感じだった。
「…ありがとう、大丈夫」
「大丈夫じゃないわ、真っ青よ。早く家に帰らないと…青龍」
『…なんだ』
「運んであげましょう」
 男から発せられる怒気が強くなった。夏目は呻いて天后の腕をきつく掴む。
「私が話すわ、あなたは見ていてくれればいいから」
 天后は優しいが強情なところがある。言い出したら聞かないだろう。青龍は溜め息をついて顕現した。人間など軽いものだとはわかっているが彼女にやらせるわけにはいかない。
 夏目は目を上げた。長い髪は目の覚めるような鮮やかな青、瞳も同じ青だった。長身で逞しい体つきをした美しい男だ。だが目に浮かんだ光はとても剣呑だった。
「貸せ」
 ぶっきらぼうに言うと天后から夏目の体を受け取り無造作に肩に担いだ。
「うわぁ!」
「黙っていろ、舌を噛むぞ」
 言うなり男が空高くジャンプしたので、慌てて夏目は口を閉じた。
(ありがたいけどもっと優しく…)
 妖者には話が通じないものなのだが。
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