陰陽小説部屋

□約束
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 真浩はその日初めてO区の土御門邸に来た。正月に一族が会するのは祖母の芳野が暮らす鎌倉の別邸で、本家には今まで来たことがなかった。
「すごいね、おしろみたいだね」
 真浩ははしゃいで館の庭を走り回っていた。芳之は兄弟達を連れてくると浩之と話しに応接間に入った。真浩についての何らかの話をするのだろうが、子供達には中身は知らされていない。明と真晴は今年で十八だが、成人しないと意志決定の場に入れないので。大人達は真浩に神将がついているのを気にしていた。その状況にもだいぶ慣れたが。彼らが訳を話さないので、何故真浩についているのかはわからないままだ。今は顕現していないので彼らの姿は見えなかった。
 真浩の身長では美しい西洋庭園の植え込みで姿が見えない。どこにいるかわかるのは後ろを追いかけている背の高い潤が見えているからだった。
「真浩、待って」
「あにうえおそい!」
 広いところを見ると子供が走り出すのは何故だろうか。とにかく真浩の体力は果てしなくて、やんちゃで付き合っていると疲れてしまう。明と真晴はとうに脱落し、今は潤だけが残っているのだった。鍛えているので潤が脱落することはない。今もいい案配に真浩が逃げられるように加減して走っている。
「元気だねえ」
 庭が眺められる東屋に座って明は溜息をついた。向かいにはいとこの真晴も座っている。二人の前にはティーセットが置かれていた。大人達が話している間、子供達は遊んでいるように云いつけられたのだ。だが真浩と違って他の四人はもう庭を走り回るだけでは満足できない年齢だ。要するに真浩のお守りをしろと云うことだ。次男の芳実(よしみ)はいつのまにかいなくなっている。館に戻ったのかもしれない。
「追いかけっこをするにはここは最適だな」
 整えられた庭園はまるで迷路のようで、真浩は楽しいのだろう。喜ぶ弟の顔を見るのは明も好きだ。
「俺達にそう云う発想はなかったがな」
 明は肩を竦める。子供の頃から浩之について共に陰陽術を習ってきたが、ここで遊んだ記憶はない。あまりに整然としているので踏み込んだこともないかもしれない。いろんな意味で真浩は型破りだ。
「あれが本当にそんな強大な力を持っているのか?」
「またその話か」
 明が陰陽術の修行を辞めてからと云うもの、真晴はことあるごとにその話題を出す。真晴にとってみればそれは驚くべきことだったからだ。土御門家は長子相続だがそれは表向きの話で一番実力を持っているものが当主になる。倉橋家は分家だが父親の芳之は浩之の実の弟である。いとこ達の中から一番霊力の強い者が次代になると真晴は思っていた。雪也と潤はそれほど霊力が強くない。自分と芳実と明なら、明の力が抜きんでていることは自明の理だった。
「お前以上のものを持っていないのなら俺は納得しない」
「以上だって」
 明はティーカップを唇に当てる。ファーストフラッシュの香りを堪能していると、真晴の苛ついた声音が耳を打った。
「神将がついているからか?」
「そうだ」
 本家に来ると彼らは顕現しないのだが、家では常に真浩の傍にいる。明も潤も初めは戸惑ったが、四年たった今では家族の一員のようだ。事実六合や勾陣は家事を手伝っていることも多い。その様子を見たことがないから、真晴には実感できないのだろう。
 ただ明も神将達の真意を訊いたことはない。
「俺は会ったことがないからな‥どうなんだ」
「どうって‥凄いぞとにかく。神気は強いし、めちゃくちゃ綺麗だし」
「うん」
「あと、真浩のことが本当に好きなんだなって思う」
「‥そこはお前の思い込みだろう」
 祖父晴明(はるあき)の従えていたと云う十二神将。父の芳之も見たことがなかったという。真浩が生まれてすぐに彼らは現れ、それから今までずっと傍から離れない。何か重大な訳があると思って間違いない。
「いや、だいたいお前、真浩の霊力は感じるんだろうが。認めろよ」
「‥それは」
 真晴は苦虫を噛んだような顔になった。真晴もそんなに力が弱いわけではない。あの小さな子供が、大きな力を持っていることはわかる。明よりもと云われると納得できないだけで。しかも明は陰陽術の修行をやめて、魔術の道に行ってしまった。跡継ぎにはならないと云うことだ。
「四十余年の後生まれくる最も霊力の強い者を当主とせよ、って遺言なんだろじいさんの」
 晴明は生前何事かを占い、そう遺言を残した。真浩が生まれるまで、信じられていない云葉だったのだが。明とは十四才、潤とも十二才離れた弟なのだ。
「希代の大陰陽師と同じ名を持つ人だ、意味があるんだろう」
「そうかもしれないが」




呟き
兄さん達の話が長くてちび真浩まで到達しなかった(-_-)。
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