二次小説部屋

□エンジェル(近畿)
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「お疲れさまでした・・」
 控え室の扉は開けたままになっていたので呟きながら入ると、光一は荷物を入れたロッカーに近寄る。J−FRIENDSのステージが終わったあと、光一のことを気に入っていると噂のディレクターに声をかけられて彼一人だけ引き止められたので、他のメンバーは思い思いに割り当てられた楽屋に戻って帰り支度をしていた。この後何か仕事が入っていなければ食事に誘おうと待ち構えているところに、やっと光一が戻ってきたのだが、考えに沈んでいるらしく返された挨拶にも回りの視線にも無関心だった。本当ならばそんな態度はとんでもなく失礼なのだが、光一が呆けっとしているのは珍しくなかったし、そういう時の方が恥ずかしがりやの光一の外見をじっくり眺められるので、なかなか仕事が一緒にはならないお兄ちゃん達には却ってありがたい瞬間だ。
 いつも光一は鞄は持たないので、扉を開けるとハンガーに掛けていた革ジャンのポケットに手を入れて何かを取り出す。財布とおそろいの革で作られた手のひらくらいの黒いケースで、相変わらず何も考えていないらしい光一は煙草を咥えると慣れた手つきで火を点けた。夏に扁桃腺炎になってから、舞台が終わるまで喉を大事にするために禁煙していたので、仕事の後の一服は美味いな、と感慨にふけるまもなく後ろで何とも云えない悲鳴が上がった。
「光ちゃ〜んっ、そりゃないだろ!」
「・・・は?」
 振り返ると、12人がみんな自分の方を見ているのに気づいて光一は怪訝そうな顔をした。叫んだのが坂本だと云うことはわかるが、何がそりゃないなのか全くわからない。何もしていないと思うけど・・・。剛だけはふっと溜息をつくとさっさと自分の着替えに専念しだした。
「なんが?」
 かなり年上なのだが、坂本にはタメ口の光一がきょとんとした顔で聞き返すと、今度はその横で頭を掻き毟っていた太一が後を続けた。
「駄目だってそんなことしちゃ」
 カリスマスタイリスト相方作の、これ以上ないだろうと思うくらいに可愛い、ふわふわの金髪を揺らして、光一はいぶかしげに太一を見る。体がロッカーに向いているので、ちょっと斜めから見上げるような何とも云えない視線に太一は大袈裟に胸を押さえてテーブルに突っ伏した。
「うわー、おれ今打たれたよ」
「あかんで光ちゃん、それはおっちゃんたちの夢を壊すねん」
「やからそれって何ぃ?」
 おっちゃんて誰やと云う突っ込みは置いておいて、話の輪には加わらないが、同意しているらしい年少組の視線を辿ると光一は二口目の紫煙を吐き出した。
「あ〜やめて〜」
「気色悪いで坂本くん・・・」
 さり気なく本心を吐露した剛を見ると、光一は納得した。煙草か。
「なんでぇ? 俺が煙草吸うたらあかんの」
 みんなだって今帰り支度をしながら吸っていたはずだ。楽屋の空気が煙いし、だいたい光一がこう云う夢見がちの外見のわりに非常に男っぽい、現実的な性格をしていることくらい百も承知だと思うのだけれど。
「あかんな」
 断言した城島を今度は拗ねたように見る。曲のイメージで全員白がベースだが、光一一人だけ何故かコート風の衣裳で、濡れた黒目がちの瞳もふっくらした淡い色の唇もまるで少女みたいな可憐な風情なのに、そんな風に堂々と煙草を吸われると、どうも見てはいけないものを見てしまったような気分になってしまうのだ。
 でも元々自分の容姿の魅力には全く興味がない光一に、そんなことを云ってもわかってもらえるはずがないが。十分承知の剛や長瀬は今さら光一の喫煙に関して健康上の意見以上のものは云ったことがない。
 この感情は自分好みの可愛い女の子が自分のいないところで喫煙しているのをこっそり覗き見してしまった時の後ろめたさに似ている。いけないものを見ると、人間不思議とどきどきしてしまったりするものなのだ。そんなことを云おうものなら光一はイメージを押し付けるなと云って怒るだろうけれど。
「可愛い子は可愛くせなあかん義務があんねん」
 偉そうに云った城島を呆れたように見ると、光一はみんなが集まっているテーブルに近寄って灰皿に煙草を押し付けた。
「お、云うこときいてくれるんだ」
「ちゃうわ、もう短かなったの!」
 可愛いと云われるのが嫌いな光一だが、このメンバーではもう何を云っても無駄なことがわかっているので反論しなかった。唇は不機嫌そうに尖ってはいるけれど。
「この後なんかあんの光ちゃん」
 剛は光一の視線を避けるように後ろを向いて携帯に何か打ち込んでいる。最近とみにメールづいているようで、ふと見ると携帯とにらめっこしていることが多かった。坂本に視線を戻すと、上着のボタンをはずしながら答えた。
「コンリハ」
「え、まだやんの? 大阪と同じのじゃないんだ」
「同じやけど、ちょお変えるねん。構成上手いこといかへんかったから」
「剛もいっしょ?」
 振り返って坂本が訊くと、メールを打ちながらも話を聞いていたらしい剛は首を振った。
「おれはドラマっす」
「そうなんだ、大変だねえキンキは忙しいな」
 他意はないと思うのだが、一番後にデビューした自分たちが一番売れていることは事実で、明日からの3日間のドームコンサートも当たり前のように感じてしまっていた。凄いことなのだからとちょっと反省しながら光一は上着を脱いで机に置くと、その場でズボンのベルトに手をかける。
 そのまま脱ぐ気か、と見ていたものの間に妙な空気が漂った瞬間、ロッカーで携帯の呼び出し音が鳴った。光一の手が止まる。
「ん? 俺のかな・・・」
 ベルトを緩めたままロッカーに戻ると、ポケットの中の携帯を取って画面を見た。メールを確認しているらしい光一に背を向けると、剛は携帯を自分の鞄に入れる。横では今日この先仕事がない人間だけで食事に行く話が出来上がっていた。ドラマ撮りの剛には当然お誘いはないので、着替える光一の元へ行く。
「構成固まったら連絡くれな」
「それはわかっとるけど、なんやさっきの」
 メールの送り主は剛だった。文面はHAPPY BIRTHDAY。
「誕生日はしあさってや、早すぎちゃうか?」
「誰にも云われんうちに云うとこう思てな。ええやん、中身はどうでもよかってんから。おまえがあんなとこで脱ぐからや」
「・・・着替えたらあかんのかい、煙草もあかんなんもあかん〜て俺はおんなちゃうんねんぞ」
「おれはあかん云うてへんけど」
 光一が何かを云い返そうとした時にマネージャーが呼びに来た。まだ着替えの途中の光一を見て顔をしかめる。遅いと云いたいのだろうけれど、ディレクターが呼び止めたら無視するわけにはいかないではないか。そのあとも一服していたらいちゃもんつけられるし。
「早くね、剛も」
 気のない返事を返した剛を見ると、光一は衣裳を手にロッカーを閉めた。鞄は持っていても忘れるので荷物はない。
「髪、このままで変やない?」
 ふわふわにセットした頭に革ジャンはちょっと不釣合いなのだが、ワイルドな少女のようでちょっと色っぽかった。コンサートスタッフに見せるのはもったいないのだが、どうせ仕事にはまるで職人のような厳しさの光一だから怖くて気軽に話せないだろう。
「・・・変やないけど、可愛いな」
 何気なく呟いた剛の声は部屋中に筒抜けだった。一瞬の沈黙のあと、がたがたと椅子を立ち上がる音がする。
「これからメシ行くのに腹いっぱいになりたくねえよなあ」
「俺もう食い終わった感じですよ」
「なんで剛だけはええねん、差別やねえ光ちゃん」
「自分の彼女には煙草吸って欲しくないって普通思うよな」
「あ、おれもそう思う」
 思い思いに勝手に話しながら光一いわく「たちの悪い」メンバーは楽屋を出ていってしまった。
「・・・なんやねん・・?」
 長瀬が残っているのを見て光一は声をかける。
「おっちゃん、仕事ないの?」
「テレ朝の音リハ。でもさあ光一」
「なんや」
「リーダーの云うことも当たってると思わねえ? じゃ、またあさってな!」
 荷物とギターケースを軽々と担ぐと、長瀬は光一の肩を叩いて剛に手を振って部屋を出ていった。
「云い逃げやん・・・」
「長ちゃんにしては上手かったな」
「馬鹿にしてんのかい」
「してへん、上手い云うてるやんけ。・・・さあ、おれらも帰るか」
「あ、待って、スタイリストさんに衣裳返してくる」
「おれも行くわ」
 剛は誰もいなくなった広い楽屋を見ると、我知らず息をついていた。光一は楽しそうだが実はこの仕事は苦手なので。人数が多いのはいいが、剛が話せるメンバーは限られているし、みんながみんななんとか光一と話そうとしているので自分の出る幕がないのだ。それもあと2日の辛抱や、と人には聞かせられないことを思って、そっと光一の背を押した。
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