二次小説部屋

□真夏の夜の夢(組)
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「おい、大丈夫か?」
 体を揺り動かされて目を覚ますと、自分の顔を覗き込んでいる人物を土方は見上げた。そこに居るはずのない男を見つけて思わず見を引くと、男は不思議そうに見下ろしてくる。
「どうした、うなされてたぞ」
「斎藤・・・?」
 何が不快だったのか斎藤は顔を顰める。その表情が見たこともないものだったので、どうして怒ったのかわからずに土方は戸惑った。
「なんでお前ここに居るんだ?」
「何でって・・・自分の部屋に居て何が悪い」
「・・・自分・・?」
 うなされていたと斎藤が云った通り体は汗に濡れて気持ちが悪い。額に手をやると薄暗がりの中で視界に入った手に土方は目を落とした。違和感がある。顔を触るとそれが顕著になった。
「何だ・・・これ」
 傍にいる男を無視したまま体を起こすと鏡を探した。だが見回した部屋はいつもの見慣れた自室ではない。斎藤が居ると云うことはここは・・・。
「総司の部屋か」
 土方の云葉に斎藤はますます不審そうになった。
「どうしたんだあんた・・・変だぞ」
 横に膝をついている斎藤を見ると、その云葉が誰に向ってかけられているものなのかわかってきた。上掛けを跳ね上げて寝乱れた浴衣姿の体を見る。健康的に浅黒い肌、筋肉のついた若々しい足、手には竹刀胼胝がある。ありえない事実に呆然となるが、ほうけている場合ではない。
 斎藤を放り出して部屋を飛び出そうとした土方の手を斎藤が掴んで止める。深夜に慌てて障子を開ければ何事かあったのかと思われるかもしれないからだが、だが急いでいる土方はその手を咄嗟に振り解こうとした。いつもの自分ならその程度の力でどうなることもないのに、斎藤は激しく畳に倒れ込んだ。驚いたのは振り払った土方の方で慌てて彼を助け起こす。
「何すんだ!」
「すまん、大丈夫か?」
 怒りのために声が大きくなる斎藤の肩を掴む。取り合えず彼を納得させないとこの部屋を出られないだろう。ただ信じるかどうかはわからないのだが。土方は膝をついたまま外の気配を伺った。物音と声が聞こえたかもしれないと思ったのだが、誰も気づかなかったようだ。
「どこへ行くんだ、こんな時分に」
 冷静さを取り戻したと思ったのか不精不精話し掛けてくる斎藤の顔を見る。土方にこのような話し方をすることはないので、新鮮に感じたが喜んでいる場合ではないのだ。
「信じるかどうかはお前に任せるが、俺ァ総司じゃねえぞ」
「・・・?」
 見上げる瞳が不審そうに顰められる。当たり前だが土方は溜息をついた。
「何でこうなっちまったかは知らねえが・・・」
「土方さん・・・か?」
 云われて今度は土方の方が目を見開いた。まだ名乗ってはいない。
「何でわかった?」
「何となくそう思ったんですが・・・話し方とか、気とか」
「気ねえ・・・」
 剣士らしい斎藤の答えに顎に指を当てる。普段こうして話している分には違わないだろうが、先刻腕を振り払った時には何か感じるものがあったのかもしれない。
「ああ、こうしちゃいられねえ」
「どこへ行くんですか」
「どこってお前、俺の部屋だ」
 云われて斎藤もはっとしたような顔になる。立ち上がるのを制しようとはせず静かに障子を開けると土方は廊下を伺った。静まり返って物音一つしない。自分が沖田になっていると云うことは単純に考えて反対の事象が起こっていると考えて当然なのだが、出てくる気配がない彼はまだ寝ているのだろうか。それならばいいが、どうもそうではない気がするのだ。
「俺も行きます」
 駄目だと云っても付いてくるのだろうからそのまま二人で部屋を出る。足音を立てないように急いで副長室に入ると、奥の寝所の襖を開けた。
「な・・・何やってんだお前!」
 思わず声を張り上げた土方を付いてきた斎藤が押さえる。自分達の部屋と違ってここで大声を上げれば局長や小姓、監察の人間が飛んでくるからだ。
「あ、私だ」
 いきなり入ってきた二人を見上げると沖田は無邪気に笑った。
「わたしだ、じゃねえよ」
 脱力しながらも座っている沖田の肌蹴た夜着の衿を掴んで合わせる。心配した通り、沖田は姿見で土方の体を見ていたのだ。
「何やってんだよ全く・・・ちったあ驚け」
「驚きましたよ私だって。確かめようと思って鏡見たんですけど、でも土方さんはほんとに綺麗だなぁって思って」
 うなされて起きたあと、土方が感じた違和感を沖田も感じたのだと云う。それを確かめるために姿見を覗き込んだのだが、見返してくる姿に目を奪われてしまった。薄暗がりの中で汗に濡れた夜着を張り付かせた艶冶な男。乱れた髪も物憂げな顔も見蕩れるくらいに美しい。ふと気づいて衿を開いて見ると、抜けるように白い胸と桃色の飾りが表れた。細い指でそれを触ってみると鏡の中に得も云われぬ艶めいた姿が映って、目が離せなくなってしまったのだ。
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