二次小説部屋

□魔弾の射手(オーラバTS)
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 人遣いの荒い神様にまた仕事をいいつけられて東京に戻ってきたのは2週間ぶりだった。六本木の忍のマンションでの会合以来、久しぶりに十九郎から電話がかかってきたのはその仕事を終えて居候している亮介のアパートの部屋でへたり込んでいた時だった。頼みたいことがある、と云われて何となく内容の想像はついたのだが、翌日の午後に新宿で待ち合わせをする約束をした。一晩眠れば疲れがとれるくらいには諒は元気だ。
 時間より少し遅れて指定されたファストフードの店に入ると、十九郎はいつも通り先に来ていて机の上に参考書とノートを広げていた。
「すみません、遅れて」
 ざわついた店内の気配に紛れてしまったのか、勉強に集中していたのか諒が声をかけるまで珍しく十九郎は気づかなかったらしい。
「あ、大丈夫。今来たところだから」
 どう見ても進んでいるページをちらりと見たが、短気な従兄弟どのに比べて十九郎はこう云うに決まっているので、あえて諒も反論しなかった。
「おわびに何か奢りますよ、何がいいですか?」
「そう、悪いね‥‥じゃあホットを」
「わかりました、ちょっと待ってて下さい」
 十九郎の席を離れて注文品を買って戻ると、十九郎は開いていた参考書を閉じた。目がちかちかするような数式は諒には縁がなさそうなものだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
 トレイに乗ったホットコーヒーを置いて向かいに座ると、全身が総毛立つような殺気を感じる。妖の者ではなくこれは嫉妬だ。ちり、と逆立った気配を息をついてやり過ごすと諒は改めて十九郎を見た。
「あれ、華南ですね」
 座っていたので服装に気づくのが遅くなったが、十九郎は制服姿だった。しかも都内の女子高ではトップクラスの偏差値と同じくトップクラスのお嬢様が通うことで有名な私立校だ。制服が少しレトロで上品なセーラーであることも人気の内で、今時珍しいくらいに清く正しく美しい女子校。可愛い子が多いことでも名高いのだが、その制服があつらえたように似合っている。田園調布にある華南の生徒が新宿にいること自体あまりないし、お嬢様達は通学に殆ど電車を利用しないので、一般の男子高校生にとっては高嶺の花なのだ。しかもとびきり清楚な美少女なのだから、どんな人間が待ち合わせの相手なのかを回りにいる男共はやきもきしながら見守っていたのだろう。
 気まずいがそれほど見劣りするような容姿でもないはずだ、と諒は気を取り直す。きっとここに来たのが十九郎の従兄弟ならば反応が違うのだろうなとは思うが。希沙良は一目見ただけで強烈に印象に残るような華やかな美貌だし、一族の直系を現す色の薄い髪と瞳を持っていて、部活で鍛え上げた体と健康的に焼けた肌のせいかどこかハーフめいた感じもする。高校のレベルが低いことはあの容姿には関係ないだろう。男として妬けると云うよりも敗北感を感じるタイプの人間なのだ。
「うん、ちょっと願書のことで学校行く用事ができてね。来月卒業だし制服はいらないって云ったんだけど、片桐が勝手に作っちゃったから‥」
 転校したとは聞いたが具体的な学校名はそう云えば聞いていなかった。諒は直接十九郎のエキセントリックな父親を知らないが、この制服を着せたかった気持ちは分かる気がする。祥英の制服もまるで十九郎のためにあるかのようにはまっていたが、華南も勝るとも劣らないくらいに似合っている。
「凄く似合いますよ」
 本心だったのだが、十九郎は少し複雑なようだった。
「喜んでいいのかどうなのか‥」
「喜んで下さいよ、誉めてるんだから」
「まあ水沢が云うなら信じるよ」
 苦笑しながら十九郎はコーヒーに口をつけた。思い出したように諒もコーラのストローを咥える。外は凍えるくらい寒かったが、店内は暖房と人いきれで暑いくらいだった。
「俺がって云うことは忍も云いましたね」
「‥‥良くわかるな、そうなんだけどどうしてもからかわれているようにしか思えなくて」
 ざまあミロ人徳の無さだ! と心の中で一頻り罵ったあと、諒は真面目な顔で十九郎を見た。
「ところで頼みって何ですか? 何となく想像はしてきましたけど」
 十九郎が自分に頼ることがあるとすればそれはあの面倒くさい従兄弟のことだけだろう。云いやすいように水を向けたのだが、頷いたきり暫く十九郎はカップの中身を見つめていた。
「云い難いですか?」
「そうじゃないんだけど‥希沙良学校休んでるらしいんだ」
「登校拒否? でもそれって里見さんのせいってわけでもないんでしょ」
「もう出席日数も足りてるから年度末まで休んでもどうってことないそうだけど、しかも引きこもりって云うか、部屋から全然出て来ないんだって‥‥食事もしてるかどうか分からない。でも電話には出てくれないし、家に行っても会ってくれなくてどうしたらいいか分からないんだ」
「‥‥何かあったんですか」
 何かと云えば忍のマンションにも希沙良は来なかった。あの時からそうなのかもしれない。十九郎は少し痩せたようだ。元々血色の良い方ではないが顔色もあまり良くない。ただでさえ自分の変化と受験で大変なところに、心配もかけているとは希沙良らしくない。誰よりも十九郎を思っているはずなのに。
「うん、‥ちょっと揉めてね、それは俺が悪いんだけど、謝らせてもくれないから。水沢に頼む義理の話じゃないんだけど、君だったら希沙良も会ってくれるんじゃないかと思って。悪いんだけど頼まれてくれるか?」
「そりゃもちろんですけど‥‥何て伝えたらいいんですか」
 十九郎は逡巡するように視線を彷徨わせた。
「ごめん、て」
「それでいいんですか? もっと何か‥」
「許して欲しいとしか云い様がないんだ。俺には会ってくれなくてもいいから、とにかくちゃんと生活して‥みんなに心配かけないで、それだけ」
 十九郎の唇に浮かんだ自嘲が気になったが、頷く以外諒にできることはなかった。
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