二次小説部屋

□Mythology(オーラバTS)
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 実際にこの目で見るまでは信じられないと思っていたのだが、見てもまだ現実だとは諒には思えなかった。忍から電話で概要を聞いてはいたが、その忍と並んでソファに腰掛けている十九郎を穴が開くほど見てしまっていたらしい。反応は予想の範囲内だったらしく、十九郎は前と変わらぬ仕草で苦笑した。
「相変わらず素直で微笑ましいと云うところだが、座らないか諒。亮介も」
 笑うばかりの十九郎に変わって忍が呆然と立ったままの二人を促した。諒だけではなく、一緒にアパートを出てきた亮介も暫くの間十九郎を見つめていたらしい。
「あ、はい」
 二人が慌てながらも向いに座ったところで、当の見つめられている本人が立って台所に行った。来客の為にお茶を煎れてくれるのだろう。十九郎が視界から去ったことで最初の衝撃から立ち直ると、諒は改めて部屋の中を見回した。全員集合と忍は云ったはずだが、冴子がいない。それから希沙良も。
 その視線に含まれた疑問に忍が気づく。
「諒、何だい」
「冴子は‥? 来てないの」
 さすがに希沙良については訊く気になれなかった。忍は先刻の十九郎の仕草とどこか似た苦笑を浮かべる。
「お姫様はご機嫌斜めでね、話し合いの結果だけを報告すると云う約束はしたよ」
 冴子のその反応は諒にも、それから亮介にも良く分からなかった。いつもこのマンションの台所占有権を十九郎と争ってはいたが、二人の仲だけで云えば特に悪いわけではない。どちらかと云えば冴子が一方的に十九郎に対して忍の一番を宣言しているような感じなのだ。
「話し合いって? この先里見さんがどうするのかってこと? それってみんなで話し合うことなのか」
 調度そこへティーセットを盆に乗せた十九郎が戻ってきた。ハリオールのガラスポットの中身は美しいワインレッドだが、ふわりと漂った香りはもっと華やかだ。十九郎の白い指が優雅な動作でカップにその液体を注ぎ入れるのにしばし見惚れる。冴子には悪いが、今のところ料理の腕も審美眼も十九郎の方が数段上なことは衆目の事実だった。だから彼女はむきになるのかもしれないが。
「いい匂い‥」
 ある意味一番この問題から遠いところに居るからか、それとも亮介自体いつもマイペースだからなのか、事態の深刻さには全く関係ない正直な感想を洩らした亮介に十九郎が微笑む。だが向けられた方は思わず頬を紅潮させることになった。自分の場違いな云葉が恥ずかしかったからではない。彼の笑みがあまりに甘く魅力的だったからだ。彼、と表現していいのかどうか謎なところなのだが。今の十九郎は。
 まず忍にそのお茶を勧めてから諒と亮介の前にもカップを置く。それからお茶請けに用意したらしいシブースト。
「どうぞ」
「頂きます」
 香りだけでも陶然とするようなお茶は普通の紅茶よりもフルーティな味だった。しばし無言のティータイムが続く。
「‥落ち着いている場合じゃなかった、そうだ、ほんとなんですか。って云うかほんとみたいだけど‥」
 諒の問いかけに十九郎は頷いた。
「どうやらね」
「でも、聞いたことないですよね今まで‥‥術力を失ったら性別が変わるなんて話は‥」
 和やかなティータイムの空気が諒の云葉で少し変化する。いや、和んでいるのはみんな、一見落ち着き払っている本人も含めて、現実を受け入れ難いからかもしれないが。十九郎はそれにもかすかに頷いた。
「俺も初耳だよ」
「本家ではどうなの」
 何も云わない忍に諒が問い掛けると、忍も首を横に振った。
「僕も聞いたことがないね、と云っても現実に起こったわけだから歴史をどうこう云っても始まらないんじゃないか?」
「‥前向きで羨ましい性格だなあほんと」
 ちょっと愚痴っぽくなった諒に忍は追い討ちをかける。
「おまえほど後ろ向きだったら辛いだろう」
「どうせ俺は後ろ向きで暗いですよ!」
 二人のコミュニケーションだと分かっていても、そこに含まれた内容を知っている十九郎には笑い話には思えない。気遣わしげな表情になった彼に目を止めると、忍は今度は真面目な顔で云う。
「ともかく本家は喜んでいるようなんでね、一応お前達にも云っておく必要があるかと思ったんだ」
 その忍の云葉に、この部屋に入った時から思っている違和感が強くなった。諒は疑問をそのまま口にする。
「なんで喜んでるんだ‥?」
 十九郎の術力を失ったことは、七瀬本家にとっても大きな痛手だ。大人になれば失うものだと分かっていても、現在術者は数えるほどしかいない。しかも諒も希沙良も動の術者で、防御を得意とする静の術者はいなくなってしまったのだ。冴子の癒しの力は十九郎のものとはタイプが異なる。戦闘に直接役立つものではない。守られなければ戦えないわけではないし、現に諒は一人で行くことも多いのだが、自分以外の人間がいる場合には結界があるのとないのでは気持ちに大きな差が出てくる。自分の力で全く無関係の人間を傷つけてしまう恐れがあるからだ。
「なんでって、訊いているよ十九郎。答えてあげたら」
 どうして忍が云わないのか、自分が云うよりも十九郎の口から聞いた方が二人が衝撃を受けるからだと分かっている。忍は完全に面白がっているのだ。だが忍にそう云われてしまったら答えるしかない。
「だから‥‥伽羅王の血筋が絶えないでいられる可能性が少し高くなったのでは、と云うことなんだけど」
 それでも本家に云われた云葉を直接的に云うのは躊躇われた。
「血筋って‥」
 分かったような分からないような顔で訊き返した諒に、いつもと変わらない澄ました顔で忍が云う。
「亮介はともかく諒は頭が悪いからそんな云い方では分からないよ、十九郎」
 頭が悪いと云われて諒は唇を尖らせる。
「どうせ俺は‥」
 また拗ねたように云い始めるのを十九郎が止めた。
「ごめん、分かり難かったかな。要するに‥‥冴子さんは妹だけど俺は遠縁だから‥」 何故そこに冴子が出てくるのか? 確かに今彼女は本家では忍の婚約者と云う扱いを受けている。だがそれと十九郎の変化に何の関係が?
「‥あっ」
 七瀬とは無関係の亮介の方が勘が良かった。諒がその声に振り向いている間に忍が云う。
「十九郎が僕の子供を産んでくれれば問題ない、と云う意味だよ」
「えっ!?」
 十九郎はぽかんと口を開けた諒の顔を見た。困惑しているのがその表情から伺える。
「子供って‥‥ええっ」
 今度は仰け反りながら叫んだ諒に忍はやれやれと手を振った。
「物分りが悪くて困るね」
 その嫌味も耳をすり抜けて行くほどの衝撃だった。遠縁だから問題ないと云うのはそう云う意味だったのか。確かに、どうしても止むを得なければ兄妹を結婚させるくらいのことはやりそうな家ではあるが、それよりもよっぽど穏便に事が運ぶ。しかもただの遠縁ではなく、十九郎自身は相当に強い術者だったし、叔母は先の空者沙良耶なのだ。本家にとっても願ったり敵ったりの相手なのだろう。
 でもそう云うことになったら、子供を作ると云うことは二人が‥‥。
「なにか邪まなことを考えたね諒。云ってごらん」
 指摘されて諒は慌てて首を左右に振った。ごまかしても仕方ないことは分かっているが、十九郎に軽蔑されるのは堪える。二人がセックスしているところを想像した、などとは口が裂けても云えない。
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