満月の子編(U)

□第七十五羽
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「弥槻!弥槻!
ユーリが!ユーリがいません!!」

崩落する床から避難した弥槻達だったが、アレクセイを斬るために1人離れていたユーリの姿が見当たらない。
その事に気付いたエステリーゼに揺さぶられた弥槻は、星喰みの出現から強くなった寒気と戦いながらも目を開いた。

「ユーリ、は、アレクセイの近くに……」
「……助けなきゃ!!」
「嬢ちゃん、この足場じゃ無理だっつの!」
「でもユーリが……!」
「今は助かる事優先!」

ユーリを気にかけるエステリーゼを引っ張りながら、リタは先に駆け出していたカロル達を追いかけようと声を掛ける。
それでも動こうとしないエステリーゼを見かねて、リタが無理やり引っ張って走り出した。
レイヴンに抱えられた弥槻も、彼らを追い掛ける。しかし来る時に使ったエレベーターは、既に破壊されて使えない。

逃げ込めるのは海しかない。

「飛び込むぞ!弥槻、口閉じてろよ!!」
「レイヴンさ……」
「はーい、行きまーす!」
「…………っ!!」

有無を言わせぬその様子に、弥槻が慌てて口と目を閉じた瞬間に身体の揺れが小さくなった。
次の刹那、2人は揃って海に沈む。
レイヴンのお陰ですぐに浮上する事が出来たが、それでも岸までは遠い。
アレクセイとの激闘直後では、全員が岸に辿り着けるか微妙な所だ。

「…………っ、ぷはァ!!
弥槻、大丈夫か?」
「はい、何とか……!」
「シュヴァーン隊長ぉー!!こちらです!このロープに!!」
「あいよ、あんがとー!
他の奴らも頼むぞ!少年少女優先!!」
「承知しましたー!!」

フレン隊の船に乗り込んでいたルブラン達が投げ入れたロープのお陰で事なきを得たものの、レイヴン達だけではなく騎士団の面々も次々に飛び込んで来ている。体力の無いカロル達を優先して助けるように指示を出しながら、レイヴンはどうにか船の縁に身体を預けて弥槻を引き揚げた。

「ふぃ〜……、何とか逃げ出せたから良かったものの……」
「…………」
「1つ終わったらまた次の問題。息付く暇がないったらないわ……。
弥槻、だいじょぶ?まだ寒気ある?」

引き揚げられたまま、何の反応もしない弥槻を怪訝に思ったのか、レイヴンが顔を覗き込んでくる。その行動でようやく意識がはっきりしたのか、彼女は何度か瞬きをしてようやくレイヴンを瞳に捉えた。
再度問い掛けるれば、戸惑いながらも言葉が返ってくる。安堵の息を吐いたレイヴンは、すっかり静かになったザウデに目を向けた。

「青年、無事かねぇ……」
「ユーリですから。ワカメでもくっ付けて引き揚げられるはずです」
「……、ぶっは!もう弥槻、そんな言い方しちゃダメよ〜?」
「笑ったので、レイヴンさんも同罪です」
「あっちゃ〜!やられたぜ……」

姿を見失ったユーリの身を案じるレイヴンの呟きに、弥槻は深く考える事もなく無事を口にした。
一瞬驚いた様に息を飲んだ気配がする。次の瞬間には彼が吹き出したものだから、弥槻は何がおかしいと胡乱気な目を向けた。

「いやー、人をそんなに信頼出来るようになったんだなって。
嬉しいような、寂しいような感じがしたのよ」
「……事実を言っただけです」
「そっかそっか……。そうね、ユーリは生きてる。引き揚げられるのを待つとしますか」

そう顔を見合わせた2人は、聞こえてきた怒号に驚いて立ち上がる。今弥槻達が乗っている船からではない。別の船から聞こえてくるその声には聞き覚えがあった。

「……ありゃあフレンの声だ」
「ソディア……、もいますね。また何か言ったんでしょうか」

何を言っているかまでは聞き取れない。目を凝らして、どうにかフレンがソディアと言い争っている事は把握出来たものの、それでも彼の剣幕は見た事が無い。

「……ソディアちゃん。んー……、何か嫌な予感がしてきたな」
「ユーリとの相性、最悪でしたからね」

彼らが乗っている船は少し遠い。
近付こうにも、救出作業をしている中で船を寄せてくれとはとても言えない。弥槻達に出来るのはただ、ユーリの無事を願うだけ。

しかし、弥槻達の願いとは裏腹に。
日が沈む頃になっても、
日が変わっても、
1週間経っても、
1月近く経っても、

ユーリ・ローウェルが発見されたという報告が弥槻達にもたらされる事は無かった。
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