満月の子編(U)

□第七十五羽
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激闘の幕は下りた。
肩で息をするユーリ達を他所に、アレクセイの視線は空に固定されている。
怪訝に思った弥槻が視線を上に向けると、遥か上空に広がる青空はその色を変えようとしている。

ザウデの魔核が、まばゆい輝きを放った。
ほぼ同時に、星を中心に幾何学めいた網目模様が空全体に浮かび上がった。
それは何かに似ている。
まるで結界魔導器が作り上げる結界のようなもの。だがその結界のようなものに突然亀裂が走ったのを見て、弥槻は思わず後ずさった。
まるで破壊されるガラスのように、個々の結合を解いていく網のように。その一部が地上に向かって剥がれ落ち、大穴が開いた所から粘着質の何かが姿を現した。
汚水の底に溜まったヘドロのような大きな大きな塊。

「…………!?」
「い……、いやあああああ!!!」

仰向けになり、天の変異を目の当たりにしていたアレクセイの顔に驚愕の表情が浮かんだ。だが、ユーリ達の誰もそれに気付いていない。
彼らとて、頭上の異変に度肝を抜かれていたのだ。

そんな中、弥槻は頭がそれを理解するより先に体が悲鳴を上げた。自分の口から、別の誰かが悲鳴を上げているように。
その悲鳴を気にかける余裕は、今この場にいる誰も持ち合わせていなかった。

「な、な、な……!?」
「な、何よ、あれ!」
「あれは、あれは壁画の……!?」

弥槻の悲鳴が響く中、ジュディスが呟いた。
そう、以前ミョルゾを訪れた時に見た壁画に描かれていたモノに酷似している。

「……まさか災厄!?」
「星喰みか!」

宙から零れ落ちた異形の塊が山の一つに落ちる。そのヘドロに触れた途端、その山が一瞬で消滅した。

「……山が消えたぞ。大将、これがあんたの欲しかった力か!?」
「……いや、違う!
あれがザウデの力だと!?ふざけるな!そんなはずは……、まさか……!!」

有り得ないと、うわ言のように繰り返すアレクセイのかすれ声。
その後、何かに思い当たった様に身を起こした。

「どうなってんだ!?星喰みって、今のでそんなにエアルを使ったのかよ?」
「いや、弥槻も怯えてはいるけど身体は平気な様だし違うはずです」
「いや、違う。……災厄は、ずっといたのだ。空を隔てたすぐそこに」

レイヴンの疑問の声に応えたのはアレクセイだった。
しかし、アレクセイの返答を聞いても、その言葉をいまいち理解出来ない。
星喰いは退治されたのでは無かったのか。それが、「ずっとそこにいた」と言われてもすぐには理解が及ばない。


「ど、どういうこと!?」
「……星喰みは打ち砕かれてなんていなかったんだわ……」
「ザウデで封じられていただけ……?この悪寒は、星喰みが、星喰みに近付いていたから……」
「そうだ」

余裕の無い声が、ようやく理解の追い付いてきた弥槻達の声に応えた。常の風格は何処にも見当たらないアレクセイは空を見上げて、両腕を広げた。
まるで、空から這い出してくる星喰みを迎え入れるかの様に。

「それが今、還ってきたのだ。
古代にもたらすはずだった破滅をひっさげて!
よりにもよって、この私の手でだ!これ以上の傑作は無い!ははははは!」

ザウデ不落宮。弥槻達の足元にあるこの巨大な建造物が、古代に遺された魔導器であることは間違いない。

しかし、これはアレクセイが思っていた兵装魔導器では無かった。
天空に遠ざけられた災厄――星喰みをこの世界に近付けないために、古代の人々が用意した一種の結界魔導器だったのだ。

「危ない!」

驚いていた弥槻達の間に、エステリーゼの悲鳴が響いた。
遥か彼方で起きている災厄に、ではない。ちょうどユーリとアレクセイの真上にあった、例の巨大魔核が震え始めたのだ。次の瞬間、突然雷撃にも似た光が地面を這い、床を切り裂いた。

「我らは災厄の前で踊る虫けらに過ぎなかったのだ。
絶対的な死が来る。誰も逃れられん」

魔核からは際限なく雷撃が放たれ、それが床全体を砕いていく。
アレクセイの剣が完全に破壊された事によって、システムに何か異常を来たしたのだろう。
崩れていく足場に、ユーリは舌打ちを鳴らしながらその場から飛び退いた。
その先では、壊れたように笑い続けるアレクセイ。
彼を殺す機会はもう今しか無いと判断したユーリは、再び宙の戒典を構え、アレクセイに迫った。

「いい加減、黙ってろ」

宙の戒典が振り下ろされる。
それは、ユーリに構わず笑い続けていたアレクセイを袈裟斬りにした。
呻き声を上げて膝を付いた最強の男は、何処か穏やかな表情で弥槻達を見据える。

「……最も愚かな、道化……。
それが私とは、な……」

一筋の涙を流すアレクセイの真上に、小刻みに振動していたザウデの巨大な魔核が落下した。
咄嗟にその場から離れる弥槻達の目の前で、アレクセイもろとも崩壊したザウデは海に飲み込まれて行った。
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