エジプト編

□oratoJ―edosipE
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「春茉ッ!何処に行ったの!?
まだ勉強終わってないでしょう!!」
「婆さん、そんな大声出してどうしたんだい。」

家中に響く祖母の怒鳴り声。
足音荒く春茉を探して回る彼女に、祖父が縁側で茶を啜りながらのんびりと声を掛けた。

「どうしたもこうしたも……!
また勉強を放り出して逃げ出したのよ!!
お祖父さんも!見付けたら部屋に戻してちょうだいな!!」
「はいはい、分かったよ。
ここに来たら言っておくから。」

そう言うと、祖父は見付かると良いねぇ、と呑気に笑って茶を啜る。
探す協力を頼めないと分かっているのか、祖母は鼻を一つ鳴らし、そのまま廊下の向こうへと消えていった。

「……ほら、婆さんは向こうへ行ったよ。」
「ありがとう、お爺ちゃん!」
「ありがとう、です……。」

祖父の声に、縁側の下から二人の幼児が這い出て来る。
春茉を連れ出しに来た承太郎と、祖母から逃げ出したい春茉の二人だ。
見付かる前に、おうちに連れて行くんだよ、と笑う祖父に頷いて、承太郎は春茉の手を引いてそっと庭を横切っていく。

「やっぱり怖いね、はるなちゃんのおばあちゃん。」
「パパとママがいるときは、こわくなかったです……。」

それが、今や悪魔にも見える。
春茉は問題集以外読むことを禁じられ、日がな一日勉強漬け。
隙を見て承太郎が連れ出してくれるものの、春茉はノイローゼになりそうだった。

「おじいちゃんにたのんだら?」
「どうしてもつらくなったらいいなさい、だそうです……。」
「そっか……。
つらくなったら、オレも母さんもいるんだぜ!!」

だから、いつでも言って!と胸を張る承太郎に、春茉はクスッとわずかに笑う。

「みんないるです。
はるなはまけません!!」
「うん!そのチョーシだぜ!!」

ぐっ!と拳を握った春茉と、その小さな拳を包み込む承太郎の手。
その手を引いて、承太郎は彼の母が首を長くして待っている自宅の敷居を跨いだ。

「こんにちは!春茉ちゃん!」
「こんにちは、です!」
「はい、ご挨拶出来ましたね!
今日はホットケーキ作らない?」
「……オレはクッキーがいいんだぜ。」
「まぁ!じゃあ、クッキーにしましょうか!
春茉ちゃんも作る?」
「つくるですー!!」
「はーい!じゃあお手て洗わなくっちゃね!!」

ホリィの笑顔に、春茉も釣られて笑顔を浮かべる。
その頃、通りの向こうにいるであろう孫を思いながら、祖父は一人呟いた。

「……厳しくしすぎたから、あの子も逃げる様に結婚したんだろうに……。
また繰り返すのかなぁ……。」

ほぉ、と吐いたため息は、青空に吸い込まれて消えていった。
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