エジプト編

□oratoJ―edosipE
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「さぁ、今日からここがあなたの家よ。」
「…………はい、です……。」

典明と別れ、車に揺られる事数時間。
到着したのは、住宅街にある一軒家だった。
ここが自分の家になる、と言われても、春茉にはさっぱり実感が沸かない。
唯一の理解者であるトモダチを抱き締めていると、何も見えない祖母には妙な行動をしている様に見えるらしい。

「……まったく、変な子を引き取る事になったわ……。
どんな育て方をすればこんな……、」
「………………ッ。」

溜め息混じりに吐き出された言葉に、春茉はトモダチを抱き締める力を更に強めた。
春茉の耳に、場違いな明るい声が聞こえてきたのはそんな時だ。
あら!と驚いた声を上げて駆け寄ってきたのは、金髪の女性。

「こんにちは!
あら?まぁ!この子はお孫さんですか?
可愛らしいお孫さんですねぇ。」
「え、えぇ、まぁ……。
今日引き取って来た孫です。
今日からこの家で暮らす春茉と申します。」
「春茉ちゃんって言うのね!
よろしくね!私はホリィ。空条ホリィよ。」

春茉と視線を合わせ、にっこりと優しく笑うホリィに、春茉も辿々しく挨拶を返す。

「……はるなです。
よ、よろしくおねがいしますです……。」
「返事をなさい!挨拶も出来ないの!?」
「…………ッ!!」

祖母の怒鳴り声に、春茉はビクリと身体を震わせた。

「ほら!挨拶!!」
「良い子、ちゃんと挨拶出来ましたね!
ちゃーんと聞こえてましたよ。
だから、そんな怒らないであげてください。」

よしよし、と春茉の頭を撫でるホリィは、あっ、そうだ!と顔を綻ばせる。
どうかしたのか、と苛立ちを滲ませる祖母に構わず、ホリィはちょっと待っててね、と言い残すと、足早に向かいにある屋敷へと駆けていった。
この隙に、と春茉を家に連れていこうとした祖母に、春茉は頑としてそこから動こうとしない。

「だって、ホリィさんが……、」
「良いから来なさい!
これからは、もう我が儘が通用すると思わない事!!」
「春茉ちゃんお待たせー!
……あら?まぁ!そんなに腕を引っ張っちゃ抜けちゃいますよ!!」
「ママ、待ってよ!
……あれ?キミ、だぁれ?」

ホリィはすぐに戻ってきた。
彼女の後ろからは、黒髪の少年も一緒に走ってくる。

「承太郎って言うの。お友達にどう?」
「よろしく!僕、承太郎!
……キミは?」
「はるな、です……。
……でも、オトモダチもういるです……。」
「え?」

目を丸くする承太郎は、どうやら春茉の腕の中にいるトモダチが見えていないらしい。
典明の様にはいかない事に肩を落としていると、祖母が苛立ち紛れに言い放つ。

「また妙な事を……。
友達なんていないじゃない!
もうあの子……、典明くんとかには会えないんだからね!!」
「…………うぅ……!
いるです!はるなのトモダチは、のりあきくんだけじゃないです!
いつもいっしょにいてくれるとりさんがいるですッ!!」
「何処にいるって言うのッ!?」
「ここに……、」

ここにいる。

そう言いかけて、春茉は口ごもった。
そうだ、自分以外には見えていないのだ。
その事に気付いた春茉は、それ以上何も言う事が出来ず、腕の中にいるトモダチを見下ろした。

「そこにはるなちゃんのオトモダチいるの?」
「……うん……。みんなみえないって……。」

承太郎だけが目を輝かせて春茉に駆け寄ってきた。
ここにいる、と言う春茉の言葉にうーん、と目を凝らしてどうにか見ようと試みてはいるが、やはり彼にも見えないらしい。

「……うーん……、なかよくなったらみえるかな?」
「わかんない、です……。」

不安げに揺れる春茉の瞳を見つめて、承太郎は優しく笑った。
じゃあ、見えるようになるまで仲良くなろう!と言う彼に、春茉はぎこちなく頷いた。

「……もう良いでしょうか?」
「春茉ちゃん、いつでも遊びに来てね!」
「僕もまってる!いっしょにあそぼう!」

半ば引き摺られる様にして家の中に入っていく春茉に、ホリィも承太郎も笑顔で手を振っている。
しかし、玄関が閉まり、春茉の姿が見えなくなると、二人はそっと顔を見合わせる。

「……はるなちゃん、だいじょうぶかな……。」
「あのお婆さん、気難しいものね……。
大丈夫よ!春茉ちゃんが遊びに来た時に、いーっぱい遊んであげれば良いんだから。」
「あそびにきてくれなかったら?」

春茉達の様子を見たせいか、不安げに見上げる息子を見下ろして、ホリィはパチッとウインクをして見せた。

「その時は、承太郎が遊びに行けば良いのよ!」
「……そっか。うん!そうだね!!」

大きく頷いた承太郎に満足したホリィは、息子の手を引いて家に帰る為に歩き出した。
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