星喰み編
□第七十九羽
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「…………?あれ、私は……?」
弥槻は、朝の光に照らされて目が覚めた。
見覚えのある……、いや、見慣れた天井を眺めること数秒。布団の中でようやく意識がはっきりとしてきた。
時計に手を伸ばせば、アラームが鳴る五分程前。ぱちりとアラームが鳴らないようにスイッチをオフにして、弥槻は大きく伸びをした。
「…………ふぁ……」
ずいぶん長く眠っていた気がする。そのせいか、寝起きとは言えずいぶん体が重い。緩慢な動きで布団から起き上がると、弥槻はいつも通りまず歯を磨こうと歩き出す。
幸せな夢を見ていた気分だ。できれば、ずっと眠っていたかったと思う程度には幸せな夢だったと思う。そのせいで、またいつも通り始まった現実に肩を落としたくもなる。
何せ、夢の中で十年近くずっと会いたいと願っていた人と再会できたのだから。時間の流れが違うからか、彼の中では一年ほどしか経っていないと知った時は驚いたが、そんなものは再会の喜びに比べればちっぽけなものだ。
ずっと欲しかった友人もできた。小さな友人から、歳の近い友人、そして普通に生きていればまず知り合うことすらできないだろうお姫様とも。
(……まさに夢。そんなこと起こるはずが無いのに)
まさに、弥槻に都合がいい夢だった。時々トラブルに見舞われたり、攫われたりしたが、それだって仲間が助けに来てくれた。
現実はどうだ。誰も彼もが弥槻を避けていく。目を合わせるどころか、顔を背けて去っていく。
「もう一度眠れば……、なんて」
自嘲するように笑って、弥槻は鏡に映る自分の顔に手を伸ばす。そこには、相変わらず顔半分を覆うほどの痣がある。
「……現実から目を覚ますことなんてできない」
この現実を終わらせる方法は一つ。命を終わらせることだけだ。
『ならばその命、終わらせてしまいましょう』
「なっ……!?」
鏡の中の弥槻が、突然自由に動いた。驚く弥槻をよそに、自分ではない自分が鏡の縁に手をかける。まるで出て来ようとする動きに、弥槻は慌てて鏡の前から逃げ出した。
*
*
「な、何これぇ……」
カドスの喉笛に足を踏み入れた一行は、様変わりしたその内部に目を丸くした。
ほんのり暗い洞窟だったはずなのに、まるで街の中に迷い込んだかのようだ。見たことのない町並みに、エステルが興味深そうに足を進める。
「こんな建築様式、どんな本でも見たことありません……!」
「こりゃどうなってるんだ……」
まじまじと辺りを見渡していたユーリは、角の向こうを覗き込もうとして何も無い場所に頭をぶつけた。
「いっ!?」
「気を付けて。これ、エアルで作られた幻影よ。たぶん、内部の構造はカドスから変わってないわ」
ぶつけた頭を押さえて、よろよろと戻ってきたユーリに代わり、先を急ぐレイヴンが何も無い空間に手をかざした。見えない壁に阻まれているかのように、レイヴンの手は全く前に進まない。
「うーん……、触った感じ記憶にあるカドスの岩肌そのものだわ。
誰かカドスの構造覚えてる?」
「ちょうど真ん中辺りに、枯れかけのエアルクレーネがあったのは覚えてるわ」
「さすがリタっち!案内できる?」
「右手を壁に当てたまま進めば、そのうち辿り着くんじゃない?」
「残念じゃが、それでは構造を覚えてるとは言えんのじゃ……」
パティの苦笑いにリタはムッとした表情になるが、事実エアルクレーネがあるおおよその位置しか覚えていなかったのだから何も言い返せない。
「エアルはリタの研究に関わることですから……、ねっ!」
「うぅ……。エステル、フォローありがと……」
「つまり、実際壁に沿って進むのが安全ってことだろ?おっさんはその方法でもう進み始めてるぜ」
「違うわ。覚えてるけど、こんな幻影を重ねられちゃ正しい道なんて分かんないって言ってるの」
「結局この幻影をどうにかする必要があるってことか……」
「ワンッ!」
「お?どうしたラピード」
それまで静かに会話を聞いていたラピードが、仕方ないとばかりに歩き始めた。
ふんふん、と周囲の臭いを嗅ぎながら進む彼に、ユーリが納得したように指を鳴らす。
「幻影はあっても構造は変わってねぇってことは、もしかして風の流れで進める道が分かるってことか?」
「バウっ!!」
任せておけ、とばかりに一つ吠えたラピードは、壁伝いに進むレイヴンをあっさりと抜き去ってさらに先へと向かっていく。しばらく進んで立ち止まったラピードに、どうやら分かれ道らしいと察したリタも彼に続いた。
「道が分かれば、エアルクレーネの場所までは案内できるわ!」
「さすがです!これで弥槻の所まで行けますね!!」
「頼んだぜ!ラピード、リタ!
その間、露払いはオレ達に任せてくれ」
その言葉に頷いて、ラピードとリタは一足先にカドスの奥へと走り出した。しかし、走り出してすぐにリタの悲鳴が響く。
「きゃーっ!?」
「リタ!?」
「おいおい、転ぶにゃ早いぞ」
幻影で混乱して転んだのかと思って駆け寄った仲間達は、リタが指差す先を見て目を丸くした。
ラピードも身を低くして戦闘態勢に入っているが、腰が抜けたリタを守るようにその場から動こうとしない。
「か、影が……」
「ひっ……」
誰が息を飲み込んだか分からない。
そこには、悠然と人の姿が浮いていた。しかし、その下の地面に映る影は人の形ではない。砂漠で、そしてノードポリカで戦ったアウトブレーカーの影だ。
「……く、首が無い……」
「カロル!リタ姐とエステル姐を後ろに!!」
「うっ……、分かった……!!」
「……そりゃあ元は人間だったって聞いたが……、クソッ、これも幻影のせいなのかよ!」
ただの人ではない。頭部が綺麗さっぱり消失した敵が複数。パティがとっさの判断で怖いものが苦手な仲間を急いで後方に下がらせたが、前衛に残った彼女も顔色は優れない。
「ふふ。……私もさすがに怖いわ」
「弥槻があいつらの仲間入りする方が怖いだろ!!」
「そん時ゃおっさんも仲間に入れて欲しいわっ!」
「おっさんのその硬い意志では軟体動物にはなれないのじゃ」
「ワフゥ……」
異形相手に少しでも余裕がある仲間達とそう軽口を叩いて、ユーリは人間だった者達に切りかかった。