星喰み編

□第七十八羽
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「弥槻は……、いや、三日月の子ってのは何者なんだ?
エステル達、満月の子は世界の毒って言ってたな?じゃあ三日月は薬か?」
「三日月は、毒でも薬でもない。
かつての三日月は、我らの小さな友人達だったのだ」
「……確か、ミョルゾの壁画にもそんな事残ってたよね?」

始祖の霊長の友。それが三日月の子だと言うフェローに、誰もが怪訝な顔をする。
思い出されるのは、ミョルゾの壁画にあった伝承だ。

『争いの果て、満月の穢れにより、始祖の隷長と共に在りし三日月は次々とその輝きを失い、残りし僅かな三日月は時空の果てに旅立つ。
世の祈りを受け、満月の子達は命燃え果つ。
星喰み虚空へと消え去れり。
かくて世は永らえたり。されど我らは罪を忘れず、ここに世々語り継がん』

時空の果てに旅立つ、という文言は、弥槻が別の世界から来たということを考えれば納得出来る。
満月の子の穢れ、というのは、エアルを過剰に消費してしまう力の事だろう。
解明できていないのは、輝きを失った三日月の子の事だ。

「……小さな友人達は……、星喰みの出現と共に徐々にその姿を魔物に変え、星喰みの手足となりエアルを求めて街を襲うようになったのだ」
「……え……?ま、待ってよ。
その理屈で言うと、あたし達がさっき戦った魔物って……」
「元は、ウチらと同じニンゲンだったのじゃ」

リタの震える声は、最後まで言うことができなかった。続きを引き継いだパティの言葉は、仲間達の心を容赦なく突き刺す。

「じゃあその人達は、星喰みと一緒に、ずっと空の果てに封じられてたってこと……?」
「そんな……!!」
「その封印が解けたおかげで久しぶりに地上に戻ってきて、大はしゃぎしてるってところは分かった。
オレ達が知りたいのは、何で弥槻が攫われなきゃならないのかって所なんだよ」
「……変成させるため、だろう」
「変成……。魔物に生まれ変わらせる為に攫ったって事?
人間としては死ぬと思って良いのかしら」

ジュディスの確認に、フェローは何も答えない。
しかしその様子は、その疑問を肯定していた。
やはり、どうにかして攫われる前に取り戻しておくべきだったか……。
内心舌打ちしたユーリは、弥槻が攫われてから無言を貫く仲間をそっと振り返った。

(おっさん、大丈夫かよ……)
「……んー?何?青年」

視線を感じたのか、何やら考え込んでいたらしいレイヴンと目が合った。
しかし、かつて同じ場所でフェローから話を聞いた時に比べて、表情は穏やかに見える。

「いや……、おっさん何も言わねぇからさ」
「……ん〜考えてたんだけどさ、嬢ちゃんをどうにか出来たんだ。
もう1人くらい、凛々の明星でどうにかしてくんないかな〜って思ってたのよ」
「……おっさん」
「できない?」
「……いいえ、できます!!」

レイヴンの問いに答えたのはエステルだった。
拳を握り締めて、レイヴンと真っ直ぐ向き合った彼女は、怪訝な顔をしているリタを引っ張ってきた。

「リタなら!」
「ちょっと!人任せにしないでよ……!」
「1000年前と違って、今はウンディーネの力もあります!」
「……ハハッ!確かに、魔物になった三日月の子に精霊の力が通じなけりゃ、星喰みをどうこうなんてできっこないしな」
「……そうね。その為にも……」

ジュディスがフェローに向き直る。
呼吸が少なくなってきているのは、きっと気のせいではないだろう。

「……もう、時は無い」
「フェロー……」
「物言いたげだな、ジュディス」

フェローは、全て分かっていたのだ。
顔を歪めたジュディスに、フェローは続きを促す。
星喰みの為にも、そして弥槻を助ける為の力があるのだと。
その力は精霊化すること。聖核を差し出して、世界のために死んでくれということだ。
世界が滅ぶかという状況とは言え、弱り果てているフェローに言うのは心苦しい。
震える声で何とか言葉を紡ぎ終わったジュディスに、フェローはしばらく何も答えなかった。

「我が命を寄越せと」
「……そう、なるわね……」
「………心で世界は救えぬが、世界を救いたいという心を持たねば、また救うことも叶わぬ、か……」
「フェロー……、ごめんなさい……!」
「どのみち遠からず果てる身。死ぬ行く命よりも、まだ希望のある者を取るのが道理よ。
そなたらの心のままにするが良い……」

そう言ったフェローは静かに瞼を閉じた。かと思うと、その身体が光り始める。
眩い光が消えると、そこにはフェローの身体の代わりに、青白い聖核だけがその場に残された。

「……フェローの為にも、絶対弥槻姐を取り戻すのじゃ」
「精霊になっても協力してくれなかったらどーしましょ」
「心配しないで。彼は世界を愛しているから」
「……やりましょう」

全員が託された聖核を見つめる中、パティの強い言葉を皮切りに顔を見合わせた。
人間を嫌っていたフェローから託された命。
その重さをしっかりと受け止め、エステルとリタを先頭に、彼を精霊化させる準備に取り掛かった。
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