星喰み編

□第七十七羽
2ページ/3ページ




「弥槻の様子がおかしいそうよ!パティ、目を離さないで!」
「うむ、任されたのじゃ!」

少しでもバンエルティア号に近付く為、ユーリ達は走る。
異変があればすぐに知らせてくれと頼みながら、ジュディスもレイヴンも船から目を離さない。

「エアルが欲しいんなら、バウルじゃなくてエアルクレーネに集まるんじゃないの!?」
「分かんないわよ!あいつらの生態なんて!!」
「分かんねぇ事は今考えるな!」
「むむ……!いかんぞ!弥槻姐が落ちる!!」
「なにー!?」

そう言っている間にも、弥槻に危険が迫っていた。
船はもうすぐそこ。弥槻の外套も見える場所まで来たと言うのに。

「弥槻!!」
「嫌だ……、もういや……!助けて……!!」
「今助けてやるから!もうちっと待ってろ!!」

レイヴンの声も聞こえないのか、弥槻は耳を塞いで頭を振り続けている。拒絶の様子に構わず、弥槻の周囲に集っていた眷属達の動きが変わった。
それまでは、ただたゆたうだけだったと言うのに、今は弥槻を持ち上げようとしている。股の下に身体をねじ込み、ずるずると弥槻を持ち上げていくのだ。

「……は……?」

レイヴンの気の抜けた声。
彼だけではない。誰もが目の前の光景を理解出来ない。

「ワン!!」

ラピードが吠えたことで、ユーリが一足先に我に返った。
持ち上げられた弥槻の身体を支えていた船縁はそう高くない。その高さを超えてしまえば、彼女を支えるものは無い。
上手く持ち上げられない眷属の背中からバランスを崩して、弥槻が重力に従って落ちて来た。
手を伸ばしても、もう船縁には届かない。

「弥槻!!」
「あ……」

ユーリに続いてレイヴンも手を伸ばすが、眷属に阻まれてなかなか届きそうにない。歯噛みした所で、眷属はすぐに倒せるほど弱くない。

「レイヴン!風を起こして弥槻を支えられない!?」
「ダメだ少年!
高さが足りない!!直接受け止めた方が確実だ!!」
「ジュディス、飛べるか!?」
「私もダメ!タイミングが合わなければ、2人揃って落ちるだけ」
「じゃあどうするのよ……!もう落ちてくるわ」
「海のウサギの様に、あいつらを飛び越えて行けば良いのじゃ!」
「それが出来りゃあ苦労しないわね!!」

道を作ろうと、リタは1人足を止めた。魔術の詠唱をする為だ。
手馴れたファイアーボールで何体か怯んだものの、これでは奴らを倒せない。その横を駆けるレイヴンは悪態を吐きながらも、得物で手近な敵を薙ぎ払う。
もうすぐ。もう少しで弥槻を受け止められる場所に行ける。
そう思っていたのに、蹴散らし眷属が態勢を整えた奴らが身体を反転させてまっしぐらに向かってきた。
体当たりなり何なりを覚悟していたレイヴンだったが、いつまで経ってもその衝撃は来ない。周囲を見渡すと、眷属達は既にレイヴン達への興味を失っていた。
いや、最初からこちらに意識が無かったのかも知れない。

「なんだよ、あれ……!?」
「弥槻……!?」
「連れてかれるよ……!!」

弥槻を持ち上げたのとは別の個体が彼女をその背中に受け止めた。
群れはそのまま、レイヴン達に構わず空へと登っていく。高い位置に佇んでいるバウルよりも上だ。
もう届かない。船に乗り込んで浮上する頃には、弥槻の姿を見失ってしまう。

「弥槻ー!!目を覚ませ!飛び降りろ!!」
「ダメだよレイヴン!この先は崖だよ!?」
「おっさんが落ちてたらそれこそシャレになんないわよ!!」
「だったらどうするってんだ!弥槻がこのまま連れてかれるのを指咥えて見てろってのか!!」
「……そうよ」

激昂するレイヴンに応えたのは、悲痛な表情のジュディスだった。
今にも殺さん勢いで振り返った彼は、しかし涙を湛えた表情に動きを止めた。そして仲間達が皆一様に沈痛な顔をしているのを見て静かに俯く。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ