エジプト編

□oratoJ―edosipE
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「もっと違う学校にでも行けたでしょうに……!」

口惜しそうに送られてきた合格通知を握り潰した祖母に、春茉は無言で視線を明後日の方向に向けた。
もっと違う学校にと言うが、近くて偏差値もそこそこ、と言う高校を選んだのは祖母だ。
それを失念している彼女は、ぶつぶつと文句を垂れ流している。

「まぁまぁ、ここで頑張って上級大学に行けば良い話じゃないか。」
「そうは言いますけどね!
この高校のレベルで勉強している間に、上級高校はさらに上のレベルを勉強しているのよ?
置いていかれてしまうでしょう!!」
「大学レベルになってしまうねぇ。
大学で学ぶから問題無いよ。」
「理解度に差が……!」

なおも食い下がる祖母に、着いていけないよ、と眉間を揉んでため息を吐いたは、ふと黙り込んでいる春茉に微笑みかけた。
おいで、と手招きされた春茉が大人しくそれに従えば、祖父は一つの封筒を差し出してくる。

「……これは何です?」
「合格祝いだよ。
これで、春茉の好きな物を買いなさい。
服でも、靴でも、本でも何でも。
もう高校生になるんだから、言われる事全部飲み込まず、何が必要な事なのかよーく考えるんだ。
そして、どう使うかも、ね。」
「どう使うか……。」

促されるままに封筒を開ければ、中に入っていたのは一万円札が十枚。
一度に渡されるにしてはあまりにも大きなその金額に、春茉は驚いて自分の祖父の顔を見る。
穏やかに笑う彼に、祖母さんと相談して決めたんじゃ、と悪戯っぽく笑った。

「この十万円が合格祝いであり、入学祝いでありこれからの高校生活で春茉が使うであろうありとあらゆる可能性を考えた小遣いでもある。
あぁもちろん、教科書や制服や修学旅行費は払うよ。
けど、それ以外は全て自分が持つ物の中でやりくりするんだ。
手伝いをして増やすのも手だね。」

そう言った祖父の言葉を理解するのと同時に、手に持っている十枚の紙の重みが一気に増した気がする。
震える手で封筒を机の上に置いて、春茉は自分の祖父母に頭を下げた。

「ありがとうございます……!」
「学校の勉強以外にも、こんな勉強は必要だからね。」

自分が持つ中で、どうにかやりくりする事。
お金よりもその言葉の方が重い。
しっかりとその言葉を受け止めて、春茉は祖父母に笑顔を向ける。

一度に大金を渡した事が不安らしい祖母のしかめっ面。
春茉の成長を見つめるつもりらしい祖父の笑顔。

対照的な二人の表情に、春茉は改めて礼を言う。

「この春茉、やりきって見せます。」

しっかりとした声でそう宣言した春茉は、もう一度頭を下げると二人の前から立ち去った。
残された祖父母は、成長した孫の姿に目を細める。

「高校生になって、悪い友達が出来なければ良いのだけど……。」
「その辺りは、空条くんが目を光らせているからねぇ。
近付きようが無いよ。」
「……あぁ、あの子……。」

思い出されるのは、春茉より遥かに高いその背丈。

「……春茉の分まで大きくなったんじゃないかしら。」

そう憎まれ口を叩きながらも、孫の近辺は大丈夫だろうと言う安心感があるのも事実。
年老いた妻の素直にならないその一言に、彼は困った奴だと肩をすくめた。
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