片翼の影

□十八ツ影
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日付も変わろうかという頃。
ふと目が覚めた弥槻は、寝ぼけ眼で辺りを見渡す。
部屋に響くレイヴンのいびき。彼の両隣で眉間に皺を寄せているのはカロルとパティだ。

「……よく寝てるのにごめんなさい」

小さくため息を吐いた弥槻は、レイヴンの口にタオルケットを噛ませた。少し大人しくなった気がする。
これで良し。1人で満足した弥槻が布団に戻ろうとした時、ふとユーリの姿が見えない事に気付いた。
良く見れば、彼の得物も無い。
こんな夜遅くにまで、剣の稽古だろうか。
そう思いながらも、布団を整えていた弥槻は、不意に開いた扉に飛び上がった。

「……うぉ」
「ユーリ……?」
「驚かせやがって……。変な夢でも見たのか?」
「レイヴンさんのいびきが……」
「あぁ……」

弥槻の言葉に、タオルケットを噛むレイヴンを見て納得したらしい。小さく笑ったユーリに、弥槻はタオルケットを掛けてもらいながらも、眠い目を擦りながら遠くから聞こえてきた喧騒に首を傾げた。

「……外がうるさい……?
何があったみたいですが……?」
「……さぁな。
騎士団が仕事してんじゃないか」
「騎士団……?」
「ほら、いい子はもう寝ろ」
「うーん……?」

弥槻の疑問に答えること無く、規則的に胸を叩くユーリの手に導かれて、弥槻はそのまま夢の中に落ちていった。


******


キュモールが消えた。
キュモール隊の面々もフレン達に拘束された。

朝一番にもたらされたその情報に、マンタイクの人々は、圧政から解放された喜びに沸き立った。
街の至る所で賑やかな声が響き、宴は夜が更けても終わりが見えない。

「弥槻ー!楽しんでるー!?」
「……お酒臭いです、レイヴンさん」
「おじちゃん!さっきのまたやって!!」
「おっ?またやるの?
よし来た!このレイヴン様に任せなさいっ!!」

宴に乗じて、大はしゃぎしているレイヴンは、普段なら怒るであろう『おじちゃん』という呼び方に、当たり前のように反応している。
ずいぶん酒が回っているらしい。

「……はぁ……。
レイヴンさん、明日知りませんからね!!」
「分かってまーす!」

手を挙げながら、弥槻の言葉に返事をしたレイヴンは、子供達の相手を再開した。彼らに混じってはしゃぐレイヴンをしばらく眺めていた弥槻は、静かな場所を探して歩き始める。

ダングレストとはまた違うこの賑やかさは、弥槻には少し居心地が悪かったのだ。

「……弥槻、ちょっと良いかな?」
「フレンさん。どうしたんですか?」

賑やかな広場から少し離れた場所に腰を下ろした弥槻に、フレンが声を掛けてきた。
体調を気遣うような雰囲気ではない。

「……君は、ユーリの行動を知っているのか?」
「ユーリさんがどうかしたんですか?」
「……何か、見てないかな?」
「……何かって……」

フレンの要領を得ない問いに、弥槻は怪訝な顔をするしか
無い。
しばらく睨み合ったが、望む反応が無いと分かったフレンは、それ以上問いを重ねるでもなく肩を竦めた。

「いや……、知らないなら良いんだ」
「そうですか。
……でも良かったです」
「何がだい?」

雑談のつもりで続きを促したフレンは、弥槻の言葉に胸を痛める。それに彼女が気付くはずもなく。

「騎士団が仕事してくれて。
キュモールを捕まえてくれたんですよね?」
「……っ。そうだよ」

嘘を吐かせる友人の顔が思い浮かぶ。

これで良かったんだよ。

そう言いたげな顔をしていた彼が口にしなかった言葉を、なんの疑いも無く発した彼女は悪くない。

(……悪いのは……)

唇を噛み締めたフレンを不思議そうに見上げる少女には、何の罪も無いのだから。
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