片翼の影

□十七ツ影
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水筒の中身を飲み干して喉が潤ったのか、ふと女性の方が先に我に返った。
恐らく、彼らの母親だろう人が恥ずかしそうに頬を染めながら、空になった水筒を返してきた。

「ありがとうございます……!」
「あなた方のお陰で命拾いをしました……。あなた方は、私達の救い主です……!」

涙ながらに礼を述べる夫婦だが、まだ到底安心は出来ない。
何せここは灼熱の砂漠であり、進むのも戻るのも、弥槻達も精一杯の状態なのだ。

「安心するのは、生きて帰れてからだぜ。」

そう告げるユーリの言葉に、夫婦も頷くが、すぐにその顔を伏せた。

「お礼を……、と言っても、今は何も持ち合わせがなくて……。」
「着の身着のまま投げ出されたんでしょう?見れば分かるわ。」
「そうだぜ。別に良いって、そんなの
。」

ジュディスとユーリの言葉に、夫婦はしかし首を振る。
お礼をしたいから、マンタイクまで来て欲しい、という夫婦に、弥槻達は顔を見合わせた。

「マンタイク……?」

やはり彼らは、アルフとライラの両親らしい。
弥槻達が彼らの子ども達に会った事を告げると、慌ててマンタイクに戻ろうと歩き始めた。

「待ってください!また倒れられても困ります!!」
「……それは……。」

弥槻の制止に、二人は顔を見合わせる。
砂漠に対する装備が不十分である上、魔物も出るこの砂漠を歩いて、二人だけでマンタイクには辿り着けないだろうと仲間達から言われると、夫婦はその通りだと肩を落とした。

「二人には、街で待っているように言ってますから。」
「そうよ。ちょっと落ち着いて、ね?」

エステリーゼ達が夫婦を宥めている傍らで、ふと弥槻の耳に鳥の鳴くような音が聞こえてきた。
鳴いていると言うより、響いていると言った方がが正しいであろうその鳴き声には、違和感があった。
だが、何がおかしいのか弥槻には分からない。

「鳥の鳴き声……?」
「何?なにか聞こえたの?」
「もしかして、フェローかな?」
「……いえ、ダングレストで聞いた鳴き声とは違います。」
「……ま、良いじゃねえか。行けば分かるだろ。
……弥槻、音の出どころ分かるか?」
「……たぶん、向こうです。」

ユーリの言葉に頷いて方向を指し示すと、弥槻達は声の大きくなる方へと進み始めた。


******


フェローと思しき鳴き声を辿り、弥槻達は尚も先へ進む。
声が一層近く響くようになった頃、その鳴き声の異変に、それぞれが眉を顰めた。

「声が変わった……?」
「フェローじゃない……?」
「声の調子が変わりやがったな。」

警戒して、辺りを見渡す弥槻達のなかで、カロルがいち早くそれに気付いた。

「あ、あれ……!」

絞り出すような声をとともに震える手が指した方を見れば、突然空間が歪み、半透明の生物が姿を表したのだ。
マンタのような姿で、海ではなく宙を泳ぐそれは、半透明の気味の悪い雰囲気を漂わせている。
それが発する形容しがたい空気に、弥槻は自分の背中に冷や汗が流れるのを感じた。

「何!?気持ち悪ッ!!」
「囮を使っての不意打ちとは、卑怯な魔物なのじゃ!!」
「……魔物なんですか、これ……っ!!」

こんな魔物がいるなんて。
驚きと共に、弥槻が魔物に詳しいカロルに視線を向けるも、彼は怯えたようにかぶりを振る。

「あんな魔物……、ボク知らない……!」

普段は物怖じしないラピードが絶え間なく吠え続ける様子を見たユーリが、一層表情を険しくさせた。

「ちっ、ラピードがビビるなんてな……。こりゃ、ちっとヤバそうだな。」
「ねぇ、逃げようよ……!」

そう言いながら、少しずつ後ずさるカロルだったが、完全に背中を向ける前に、それはゆっくりとこちらに向かってきた。

「残念ですが、完全に目を付けられてます!」
「あーぁ、こんな砂漠で疲れること、あんまりしたくないんだけどねぇ。」

足がすくんで動けないらしいカロルの前に立ち、弥槻とレイヴンが視線を合わせる。

「俺らが行き倒れる前に、パパっと倒しちゃいましょ。」
「……レイヴン、弥槻……!」

いつものように笑うレイヴンに、覚悟を決めたカロルは一つ頷いて、弥槻と共に得物を構えて魔物に突撃していった。
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