片翼の影

□十六ツ影
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「ほらほら、弥槻ってば目が死んでるわよ。」
「……普段通りです……。」
「普段通りじゃないから言ってんの。」

先頭を歩いていたレイヴンが、軽い足取りで弥槻達の所まで戻ってきた。
あつい……、と唸る弥槻の頬を引っ張って遊ぶレイヴンに暑くないのかとユーリが問えば、彼は暑い暑いと言いながら再び軽やかに宙返りを披露して見せた。
全く暑がっているようには見えない。

「水分補給を忘れないようにしときゃダーイジョーブよ。」

そう言いながら、腰に提げた自らの水筒を軽く振って見せたレイヴンは、砂漠という足場の悪さを感じさせない軽やかさで、宙返りを繰り返している。

「……レイヴンさんにくっついたらすずしくなるんですか……?」
「弥槻、まるでゾンビみたいよ。」
「弥槻がゾンビになるんです!?」
「はーい、水飲んでね。」

しっかりと砂漠対策をしてきた弥槻達でさえ、この暑さで既に体力を削られているのだ。
街で待つ幼い兄妹の両親は、何の備えも無いままこの砂漠に放り出されたと言うのだから、命の危機に瀕している可能性が高い。

凛々の明星も、フェローを探す事より、彼らの両親を探すことを優先するという事に決めた時、鳥のような鳴き声が砂漠に響き渡った。

「……この声、もしかしてフェロー…?」

視線を周囲に巡らせるも、弥槻達の目には、フェローの姿はおろか広大な砂漠と空しか見えない。
だが、鳴き声がしたと言うことは、この砂漠にフェローがいるという確かな証拠だ。
聞こえてきた鳴き声に頷き合った一行は、砂漠の奥へと更に足を進めた。



******



「ほれ、たらたら歩くと、余計疲れるわよ。」

時々見掛けるサボテンから水分補給をしながら先を進むが、どれだけ歩いても変わらない景色に、まだ仲間内でまだ若い弥槻やリタ、カロルの歩みが遅くなってきた。
体力があるユーリですら、彼らに気を使うどころか自分の事で精一杯だと言うのに、レイヴンは相変わらず余裕なまま。
ほらほら、水を飲みなさいな、と世話を焼くレイヴンをよそに、ふとリタが思い出したようにジュディスに目を向けた。

「……ところであんた、こんな砂漠に何しに来てたの?」

水筒に口を当てながら問われた疑問に、ジュディスはにこやかに答える。

「ここの北の方にある山の中に住んでたの、私。友達のバウルと一緒に。
だから時々、砂漠の近くまで来てたのよ。」
「北にある山に、か……。
住めるの?あそこ。」

一瞬、レイヴンはその表情に陰を落とした。
しかし、すぐに顔を上げてジュディスに聞くと、彼女は毎日がサバイバルだったわ、と笑う。
こんな所でも涼しい顔を崩さない彼女は流石と言うべきか。
だが、そんなジュディスも、容赦ない砂漠の太陽にその目を細めた。

「それにしても……。何かを探す余裕は無さそうね。これは。」
「全くだな、自分の命繋ぐだけで精一杯だ……。」

気だるげに溜め息を吐いた彼女に、ユーリも頷いた。

「……弥槻、水、もう無いんじゃないの?」

座り込み、しかし水を飲もうとしない弥槻の様子に気付いたレイヴンが、そっと声を掛ける。
彼女の腰に提げられた水筒を振れば、何の音も聞こえなかった。

「……考えて飲め、なんて言える暑さじゃないもんねぇ。
はい、おっさんが口着けた水で良ければ飲みなさいな。」
「……でも、レイヴンさんの分……。」

渡されたレイヴンの水筒も、満タンには程遠い重さだ。
一度口を付けてしまえば、間違いなく彼の分は残らない。
それを危惧した弥槻に無理矢理水筒を渡して、レイヴンはニッコリと笑う。

「いーの。おっさん暑さに強いし、水分はまたサボテンから戴けば良いし。
……ほら、飲んじまえ。ぐいっと。」
「……ありがとう……、ございます……。」

小さく礼を言って、弥槻は彼の水筒に口を付けた。

「さ、ちょっとは生き返ったっしょ?」
「ありがとうございます……。」
「あーらま、口の端から水垂れてる。」
「うぅ……!」

ゴシゴシと顔を擦られて、弥槻は唸るしか出来ない。
やり過ぎだ、とユーリに叩かれるレイヴンの悲鳴が響く中、突然カロルが叫んだ。
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