片翼の影

□十一ツ影
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「……アスール歴232年、ブルエールの月13?」

おもむろに白骨死体に近付いたユーリは、そばに置かれていた一冊の本を覗き込んだ。
書かれている暦は、弥槻だけでなく、他の誰にも馴染みが無い物だった。

「アスール歴もブルエールの月も、帝国が出来る前に使われていた暦ですね。」
「千年以上前ってことか……。」
「……もし本当にそうだとしたら、大発見ですよ。」
「千年以上でしょ?
動いてる方が不思議だわ。」

レイヴンの言葉に、誰もが顔を見合わせた。
千年もの間発見されなかった事はもちろん、字が読める程度の状態を保っている本と言い、老朽化が進んでいるとは言え、今こうして船の探索を出来ている事と言い、この船はおかしい。
警戒して辺りを見回し始めた弥槻達。
そんななか、恐る恐る死体に近付いたエステリーゼが、本に書かれた内容を読み上げ始めた。

「……『船が漂流して40と5日、水も食料もとうに尽きた。船員も次々と飢えに倒れる。しかし私は逝けない。ヨームゲンの街に、澄明の刻晶を届けなくては……。魔物を退ける力を持つ澄明の刻晶があれば、街は助かる。澄明の刻晶を例の紅の小箱に収めた。ユイファンに貰った大切な箱だ。彼女にももう少しで会える。みんなも救える』……。」

そこで言葉を切ったエステリーゼは、哀れむような視線を死体に向けた。
結果は、今ここにある通り。
結局街には帰り着けず、さ迷う船と運命を共にしたのだ。
だが、それも千年も昔の話。
今となっては、どうすることも出来ない。
聞き覚えの無い街の名前に、カロルが訝しげに首を捻った。

「……うぅん……?ヨームゲンなんて街、聞いたこと無いけどなぁ……。」
「この本の記述が真実だったとして、千年経ってますからね。
街の跡すら残ってるかどうか……。」
「ま、そりゃあな。
……『澄明の刻晶』ってのは?」

ユーリの疑問に、リタは静かに首を振って答える。

「知らないわ、そんなの。」
「……魔物を退ける力、ねぇ。」

魔物を退ける物は、今で言う結界魔導器にあたるものだろう。
だが、今まで見てきた船内には、それらしきものは無かった。
可能性があるとすれば、死体が大切そうに腕に抱える小箱の中身。

「死体が大切そうに抱えているその中じゃないですか?」

弥槻が指を指す方向を見て、カロルはゴクリと唾を飲み込む。
リタもそちらを見て、仲間内で最年長であるレイヴンに、その役割をどうにか押し付けようとしている。

「おっさん、取ってよ……!」
「い、嫌よ何でおっさんがやんなきゃなんないのよ!!」
「良い歳して、おっさんは怖がりなのじゃ。」
「そう言うパティちゃんはどうなのよ!」
「……子供と張り合うなよ、おっさん……。」

誰が箱を取るかで大騒ぎしている仲間達を後目に、弥槻は特に考えもなく死体に近付く。
昔から心霊体験が無い弥槻はは、まるで物を拾うかのように箱を手に取った。

「……この中に結界魔導器が入ってるのかな?」
「弥槻っ!?こら!ポイってしなさい!!」

捨てなさい、と言うわりに、箱に触ろうとしないレイヴンに、弥槻はわずかに目を輝かせながら言う。

「呪われたら、この人に追い掛けられるんでしょうか?」

鬼がこの人だけなら、逃げ切れる自信はありますけど。

冗談なのかそうでは無いのか、いまいち分かりづらい表情で言ってのけた弥槻に、思わず叫んでしまったレイヴンだけでなく、怖がっていたカロル達も、興味津々だったユーリ達も、同じ様に目を丸くしている。
ただ一人、けろりとしている弥槻だけが、仲間達の様子に首をかしげた。
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