片翼の影

□十ツ影
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巨大な影は、すぐ間近に迫っている。
ここは海上なのだから、その影は船だと誰だって分かる。

「……これはぶつかるわね……。」

ジュディスが言う通り、ここまで接近するまで、誰一人気付かなかったのだ。
今さら、進路を変更することも叶わない。
凄まじい衝撃と共に、船が大きく揺れた。
転ばないように、それぞれが柱や手すりに掴まり、何とかその衝撃をやり過ごす。

「……何て大きい船……!」

弥槻達が乗るフィエルティア号の数倍はあろうかと言う巨大な船。
装甲は剥がれ、マストはボロボロになり、とてもじゃないが、人が乗っている様には見受けられない。

「一体何事なの!?」

船室にいたカウフマンさんが、甲板に飛び出してきた。
そして、すぐそばに着く船に、一瞬驚いたように目を見開いたものの、すぐに落ち着きを取り戻し、その船に近付いた。

「随分古い船ね……。見たこと無い型だわ。」
「……アーセルム号……、って読むのかしら。」

船に書かれた文字を読み上げるジュディスに倣い、弥槻達も船の縁に近付く。
すると、突然アーセルム号の板が一部外れ、まるでこちら側と繋ぐ渡し板の様になったのだ。
それはまるで、こちらに渡ってこい、と言っているようだった。

「……人の気配は無いんだがねぇ……。」
「まるで、私達を呼んでるみたいですね。」
「ばっ、バカなこと言わないでよ!
フィエルティア号を出してっ!!」

リタの悲鳴のような要請に、操舵を任せているパティは困ったような顔を覗かせる。

「そうしたいのは山々なんじゃがのー……。
駆動魔導器が、うんともすんとも言わんのじゃ……。」
「嘘でしょ…………!?」

絶句したリタの顔が、みるみる内に青ざめていく。
そして、パティを押しどけてまで、船に取り付けれた駆動魔導器をあちこち弄り始めた。
だが、専門家であるリタがいくら原因を探しても、それらしいものは見当たらない。
悔しげに唇を噛むリタに、ユーリはすぐ横に佇む船を見上げた。

「原因は、コイツかもな。」
「小説の展開でもよくありますよね。
……偶然だって片付けられない様な……。」
「……ねぇ、弥槻。
小説って、どんな……?」

恐る恐る、と言った様子で聞いてきたカロルに、弥槻は事も無げに答える。

「ホラーですよ。」
「ちょっと!り、リアルと想像の世界を一緒にしないでよ!!」
「あら、でも面白そうよ?
入ってみない?」

リタの悲鳴のような声に被せて、ジュディスが楽しそうに笑う。
弥槻もジュディスの意見に賛成なのだが、リタやエステリーゼ達はそう思わないらしく、浮かない顔のまま。
そして、彼らはユーリの言葉に絶望したような表情になった。

「原因が分からねぇ以上、行くしか無ぇだろ。」
「……嘘、でしょ……!!
あ、あたしは嫌よ、行かないわよ!?
ほらっ、駆動魔導器も直さなきゃいけないしっ!!」
「リタ、狡いです!!
リタが行かないなら、私も行きません!!」

必死な二人に、ユーリは呆れたようにため息を吐いた。
人の話は最後まで聞け、と。

「誰も全員で行くとは言ってないだろ。
……半分に分ける。この船の守りもあるしな。」

その言葉に、リタ達だけでなく、カロルも安心したようにホッと息をつく。

「んじゃ、行くのは俺とラピードと……、リタとエステル……、」
「はぁぁぁぁぁあっ!?」
「えっ、えぇぇぇぇえっ!?」
「うるせぇな……。
嘘だよ、弥槻とおっさんに頼むわ。」
「やった!!」
「……何でおっさんもなのよ。」

全力で拒否の意を示した二人に代わり、指名されたのは弥槻とレイヴンの二人。
この指名にはちゃんと意味があるようで、回復もこなす人員が偏らないように、との事らしい。
船に残ることになったエステリーゼやカロルを連れていった所で、怯える彼らは危険だと判断したのだろう。

「弥槻の保護者だろ、おっさん。」
「保護者としては、弥槻は行かせたくない。」
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ。」
「聞けよ!!」

レイヴンの抗議を軽やかにスルーしたユーリに、カウフマンさんも特に気にする事なく声を掛ける。

「直り次第、発煙筒で知らせるから、すぐ戻ってくるのよ。」
「りょーかい。」

軽く手を挙げて応えたユーリを先頭に、三人と一匹は不気味な雰囲気漂う船に足を踏み入れた。
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