風の螺旋階段

□Episode04
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「スレイ、待って!」

先を歩くスレイが、ふと立ち止まった。
これ幸いとばかりに、遅れていたルミエールがその背中に追い付くと、彼が足を止めた理由がすぐそこにいた。

「この憑魔……!」
「導師とその連れの者よ。
このランドンの武功を邪魔立てする気だな……?
許さぬぞ!さぁ、立て!大臣も貴様らの首を見せれば、私と導師のどちらが国にとって必要か分かるだろう!」
「……やっぱりこうなっちゃうよね。」

人間だった名残は、名誉に執着するその考えしか残っていない。
まるで狼のような頭に、圧倒的な穢れを纏ったランドンだった憑魔に、ルミエールは思わず顔をしかめた。
完全に憑魔と化してしまったのだ。

「やるしか無さそうね。」
「今の状態で、こいつと戦うのか……!」
「みんな、踏ん張ってくれ!」

導師の領域を上回る強い領域の中、スレイ達は得物を構えた。
しかし、穢れが渦巻くこの戦場では、圧倒的に不利だ。

「ルミエール!さっきのをもう一回出来ないか!?」
「ホーリーソング?
……あれ、すっごく疲れるから、もう一回やったら私、もう使い物にならないよ。」

ミクリオの問いに、ルミエールはそれは駄目だと首を振る。
その言葉を聞いたエドナも、周囲を見渡しながら、その選択肢を否定した。

「それじゃ駄目ね。
この穢れのど真ん中で、ルミエールが戦えないのは辛いすぎるもの。」
「く……っ、やるしか無いのか!!」

武器を構え、憑魔に突進するスレイ。
彼を援護するために、ルミエールもそれに続く。
だが、この穢れが憑魔に力を与えているのか、いくら攻撃を加えても、浄化出来る様子が無い。
このままでは、こちらが殺られてしまう。
武器を振り上げたスレイの攻撃と同時に、光の天響術が発動するよう、タイミングを見計らっていたルミエールは、ちょうどのタイミングで詠唱を完成させ、ランドンに光が襲い掛かった。

「剣よ吼えろ!雷迅双豹牙!」
「この名を以て、かの者に戒めを刻め!フラッシュティア!!」

二人の連繋に耐えきれず、ランドンは力無くその場に膝を着く。
しかし、普段なら消えるはずの穢れは消えないまま。彼も、まだ憑魔の姿だ。
この事態に、スレイとルミエールは目を見開く。
この領域の力は既に、ライラとルミエールが持つ浄化の力を遥かに上回っていたのだ。

「根本を取り除かないとダメか……。」
「けど、この領域の主を退けるのは無理よ。」
「行くしか無い。」
「駄目だって、……ちょっと、スレイ!」
「無茶ですわ!スレイさん!!」

必死に止める仲間達に、スレイの方も、一歩も引く様子は無い。

「ライラ、お願いだ!俺達がやらないと、この戦いは止まらない!」
「終わるよ。どちらかが全滅すれば、ね。」
「そんな終わらせ方にはしたくないんだ!!」

スレイの必死な言葉に、ライラは俯いてしまった。
ルミエールの言葉通り、このままではどちらかが……、この場合、ローランスが全滅するまで、戦争は終わらないだろう。
そんな事にはしたくない、と言うスレイの熱意に動かされ、考え込んでいたライラは、ようやく頷いた。

「……ごめん、みんな……。」
「……謝るなら、最初からやんないで欲しいかな。」
「ルミエール、早く諦めた方が気が楽になるぞ。」
「行くのなら早く行きましょ。」
「はい。」
「ありがとう……!」

そうわずかに笑ったスレイを先頭に、穢れが渦巻く崖の上へと、更に歩みを進めていく。

「……酷い……。」
「もう、正気を無くしてるんだ……。」

正気を無くしてなお、闘い続けている兵士達。
死臭と穢れの中心に、『それ』は静かに佇んでいた。

「……新たな導師が現れていたとはな。」

獅子の顔をした、災禍の顕主。
近付いただけで分かる、その圧倒的な強さに、ルミエールは思わず身を守るように自分を抱き締めた。
それを見た災禍の顕主は、むしろ優しげに問い掛ける。

「……恐ろしいか?」
「な、にが……!」
「死の予感……。実に甘美であろうが。」

スレイは、男の恐怖に対抗しようと、神依を纏って聖剣を振り上げた。
しかし、渾身の力で降り下ろされたその剣は、あっさりと弾き飛ばされてしまう。
ならばと、ルミエールが震えを抑えながら、どうにか詠唱を始めるも、光の爆発は煩わしそうに顔をしかめただけで、こちらに向かってくる歩みが止まることは無い。

「光を受け継いではいるものの、半端な力よな。
だが、目障りな事に変わりは無いだろう。」
「……く……、ぅ……!み、御許に仕えることを、許したまえ……、」

この圧倒的な穢れを払おうと、動けなくなることを覚悟して、ルミエールが再び天響術の詠唱を始めた時、その男が大きく吼えた。

「狭間の者よ!消えるが良いっ!!」

更に強くなった領域と、放たれた衝撃波に耐えきれず、ルミエールの身体は、崖から吹き飛ばされる。
スレイの声が聞こえるが、そんな彼の姿は、落ちていくルミエールからは、全く見ることが出来ない。

「こんな、ところで……。」

まだ使い慣れていない強力な天響術を使った疲労と、穢れを突き進んだ疲労。
更に、放たれた衝撃波にダメージを与えられたルミエールは、もやは限界だった。

死ぬわけにはいかない。
帰りを待っている弟や妹達がいる。
そして何より、兄と慕う風の天族が知らぬうちに死にたくは無かった。

「……デゼル、にいさん……。」

繋ぎ止めていた意識が、糸が切れた様に黒に染まっていく。

「……ちっ、世話の焼ける奴だ……。」

完全に意識を手放す前に感じたのは、懐かしく、そして大好きな風の気配だった。
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