風の螺旋階段

□Episode04
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「これが……、戦場なんだね。
まるで、人が人でなくなるみたいだ……。」

怒号と悲鳴と淀みが渦巻く盆地。
戦場を歩きながら呟いたスレイの言葉に、エドナが傘を回しながら応えた。

「事実そうよ。
英雄とか豪傑とか呼ばれた連中って、大抵は憑魔なんだから。」
「英雄って言うことはつまり、穢れの中心に長くいた人だからね。」

戦場は、まさに穢れの坩堝だ。
そんな場所で名を残した者ほど、英雄だと持て囃される。
そんな彼らも、その実憑魔だったと言われれば、すんなり納得出来てしまう。

「……確か、百戦将軍ディンドランとか、大昔に大陸を統一したメリオダス王とかも……。」
「歴史の本にも、絶対出てくる名前だな。」
「まさか、『暗黒時代』を終わらせたクローディン王も?」

名だたる英雄が憑魔だったと言う事実に、スレイは信じられない、と言わんばかりの表情だ。
その表情は、恐る恐る口にしたクローディン王も、まさか憑魔なのかと問い掛けているようだ。
そんなスレイに、ライラはゆっくりと首を振る。

「彼は違います。クローディンさんは、導師だったと聞いていますわ。」
「そうなんだ……。知らなかっただけで、ずっといたんだな。
導師も、憑魔も……。」

そんな暗い雰囲気の中戦場を進んでいると、まだ指示を飛ばす声が聞こえてきた。
見れば、ランドンが掃討戦として、逃げるばかりの兵士を討ち続けているのだ。

「師団長さん!もう勝敗は決してる!」

思わず駆け寄り、戦いを止めるように口を出したスレイに、しかしランドンは彼の言葉を鼻で笑ったのだ。

「導師か。フン、何を甘い事を!
ここで徹底的に打ちのめせば、以後も優位に立てるであろうが!!」
「そんな事の為に……!」
「スレイ。」

反論しようとしたスレイに、ルミエールは静かに呼び止めた。
その声に振り返ると、主審であるライラも、悲しそうに首を振っている。

「ルミエールさんのおっしゃる通りですわ。この方には、何を言っても無駄です……。」
「導師、貴様の働きのお陰で、これほど圧倒出来るのだ!
もっと誇られよ!くっくっく……!」

ライラのその言葉通り、ランドンは既に、スレイ達によってもたらされた勝利に酔いしれていた。
この状態の彼に、下手なことを言おうものなら、こちらにその刃を向けるであろう事は、容易に想像出来る。

「約束通り……、アリーシャは必ず開放してよ。」

そう言い残して、スレイはランドンと別れ先へ進む。
後ろから聞こえてくる声は、相変わらず激を飛ばしている。
スレイの言葉を聞いていたのかさえ分からないランドンの様子に、エドナは傘を射し、嫌悪感を隠そうともせずに顔をしかめた。

「……なんて醜い人間なのかしら。」
「……あの人、もう堕ちてるって言って良いと思う。」
「……スレイ。こんな状態でいくら憑魔を鎮めても、焼け石に水だ。」
「ですわね。
落ち着くまで、ここから離れましょう。」
「……うん、分かった……。」

鎮めても鎮めても、憑魔は次々と生まれていく。
導師とその従士、天族達と言えど、終わりが見えない浄化に、疲労が溜まってきた。
ひとまずここを離れようと、ローランスへ向かおうと南東に足を向けたその時だった。

「この領域……、今まで感じたどれよりも……!」
「……何、これ……!」
「これほどの穢れ……、まさか!」

あまりに強く、そして禍々しい領域に、スレイは胸を押さえその場に崩れ落ちた。
ルミエールも、そのあまりの威圧感に、吐き気をもよおし、その場に踞る。

「まさか……、災禍の顕主?」

災禍の顕主。
その言葉に、ルミエールは怪訝な顔をした。
そんなルミエールに構わず、スレイは崖の上で今だ戦ってる兵士を見上げる。
彼と同じ方向を見たエドナは、その目を細めた。

「あの人達、正気を失ってしまったわ……。」
「……う、気持ち悪……。
でも、何とか、しなきゃだね……。」

強すぎる穢れに、敵味方関係無く攻撃を始めた兵士達に、ルミエールはよろめく身体に鞭打って立ち上がる。
何をするつもりだ、と怪訝な顔を向けるミクリオに、ルミエールはフードを被り直し、一つ息を吐いた。

「御許に仕えることを許したまえ……。
響け!壮麗たる歌声よ、……ホーリーソング!!」

ルミエールが詠唱を完成させるやいなや、周囲にふわりと風が吹き抜けた。
それと同時に、僅かだが、領域に満ちていた息苦しさが楽になったのだ。

「はぁ……っ、足りなかった……!!」
「……凄い……!ありがとうルミエール!!
お陰で、あそこまで走れる!!」
「おいスレイ!ルミエールを置いて行くな!!」

ルミエールの詠唱で、心なしか身軽になったスレイは、全速力で穢れの中心へ走り始めた。
今のスレイには、ミクリオの制止も効かないらしい。

「いけません!今の私達が敵う相手では……!」
「分かってるよ!
ヤバくなったら逃げる!みんなの命も預かってるんだから!!」
「……まったく、しょうがない子ね。」

ライラの声に、元気良く返したスレイに、呆れたように傘を回すエドナの表情は、満更でも無さそうだ。
ようやく息を整えたルミエールは、背中を擦ってくれていたミクリオに礼を言って、一人で先を進むスレイを追い掛けた。
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