風の螺旋階段

□Episode03
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「アリーシャひめさまは、そんなヒキョーなことしない!!」
「ルミエールねえちゃん、スレイおにーちゃん!
あたしがあの人をやっつける!!」
「大丈夫だよ、オレは。
みんな、ありがとう。」

石を投げたジャックだけでなく、他の子供達も、そしてマーリンドの住人達も、次々と戦争に駆り出される事になったスレイ達を心配をしていた。
ランドンが立ち去った方を見ながら、険しい表情をする人々に、スレイは視線を落とした。

「どうしてこんな事に……。」
「……アリーシャ……。」
「……今回の相手は人間、しかも戦争。それが問題ね。」
「えぇ……。退ける為とは言え、人を傷付けなければならない……。」

それは、スレイ達の心の痛みとなり、穢れを生む原因にならないとは限らない。
エドナやライラは、それを心配していた。
だが、その二人の言葉に、ミクリオが表情を変える。

「……それじゃ、導師が穢れないのは、まさに針の穴を通すようなものって事じゃないか?」
「それが、人と関わると言う事。
そして、『導師の道』なのです。」

導師となったスレイの前に待ち受けるのは、辛く、険しい道。
それが導師の道なのだ、と語るライラの横で、エドナが呟いた。

「……アリーシャの事、パーッと忘れちゃえば簡単なのにね。」
「エドナ!!」
「出来る訳無い!!」

その言葉に、ルミエールとミクリオが彼女を睨む。
そんな二人に、彼女も自嘲気味に笑った。

「分かってる。
だから、あの子は導師なんてやってるんでしょ?
あなたも、大切な友人を助けたいんですものね。」
「そうだよ。」
「僕も、覚悟を決めなきゃって事だな。」

腹は決まった。
人々の声に、手を振って応えたスレイ達は、戦場であるグレイブガント盆地へと足を向けた。



******



ハイランドとローランスの国境線、グレイブガント盆地。
盆地に入ってすぐの場所に、ハイランド軍の青いテントが点々と立っていた。
ひときわ大きいテントの中から、ランドンが作戦を伝えているのが聞こえてきた。

「自分の内にある、正しいと思う気持ちは見失わないでください、スレイさん、ルミエールさん。」
「そんなに心配しないで、オレは大丈夫だから。」
「私も大丈夫だから。」

心配そうなライラの言葉に、スレイ達は心配ないと小さく笑う。
スレイは、テントに入るとすぐに、ランドンからルーカス達の居場所を聞きだした。
右翼先鋒、奇襲部隊に配置していると聞くと、スレイはすぐに身を翻した。

「待たれよ、導師!
貴様には中央に展開した……、指揮に従え、導師!ここは私の戦場だ!!」

指示に従わないスレイに、怒りを露にしたランドンに、スレイを追ってテントを出ようとしていたルミエールが足を止めた。
指示に従う気になったか、と息を吐いた彼に、ルミエールは冷たく言い放つ。

「……そっちの勝手な都合で駆り出されたんだよ。
だから、私達も勝手にやらせてもらう。」
「……ふ、ふざけるな!!
指揮官は私だぞ!!」
「……オレのやるべき事は変わらない。
ここが誰の戦場でも、だ!」
「餓鬼共がどれほどのものか!
大臣の目も曇ったものだ……!」

怒りに震えながらも、我らも出るぞ、と兵士を引き連れ、ランドンも反対方向の入り口から出て行った。
しばらくその後ろ姿を睨み付けていたルミエールは、既に戦場へ足を踏み入れているスレイを追い掛ける。
憑魔が襲ってきても、見向きもしない。

「スレイ!待ちなよ!」
「時間が無いんだ!!
のんびりしてたら、ルーカス達が……!!」

余裕が無いのか、振り返らないまま、険しい返事を投げて寄越すスレイの腕を引っ張ったルミエールは、無理矢理彼の歩みを止めた。

「スレイ、ルーカスを助けたい気持ちは分かるよ。」
「……だったら!」
「落ち着いて。一人で行くつもり?
この戦場をたった一人で?死ぬよ?」

淡々とそう語るルミエールに、スレイは少し落ち着いた様だ。
ルミエールの言葉に頷く仲間の天族達にも目を向けて、ようやく肩の力を抜いた。

「……死ぬ気は無いよ。」
「じゃあ、一人で突っ走らないこと。」
「ごめんごめん。」

小さく笑ったスレイは、辺りを見渡しながら、ルーカス達を見付ける為に、最適な場所を探し始めた。
ややあって、スレイが指差したのは、ここから少し離れた崖上。

「あっちの崖上からなら、ルーカス達も見付けやすい。」
「その分、敵にも気付かれやすいルートではあるけどね。」
「そんな事、言ってられないから。」

極力慎重に歩く。
人を傷付ける事が目的ではない為、他の兵士に見付かりそうになると、岩影に身を隠してそれをやり過ごした。
それを繰り返していると、ふと兵士の一人から伝令が聞こえてきた。
そっと顔を覗かせたスレイ達の耳に、驚きの報告が入ってきたのだ。

いわく、傭兵隊の奇襲からの挟撃は失敗し、残った兵士団は本体に合流すると。

「ルーカス達を見捨てるつもりなのか!」

それを聞いたスレイが、思わず伝令兵に詰め寄った。
兵士も一瞬驚いたようだったが、すぐにスレイの言葉に反論する。

「彼らの犠牲を糧にせねば!より多くの兵が命を落としてしまう!!」
「彼らはまだ戦ってるじゃないか!」
「これは戦争なんだ!……行くぞ!」

兵士は、他の仲間にもそれを伝える為に、スレイ達を置いて去っていく。
拳を握り締めたスレイの前に肩を、ミクリオが叩いた。

「スレイ、彼は兵士としての役目を果たしているだけだ。責められないよ。」
「くそっ!……こんな殺し合い、バカげてる!」
「スレイ、ルーカス達のために来たんでしょ。
今は、怒ってる暇無いよ。」

ルミエールの言葉に、スレイは深く息を吐いた。
自分を落ち着かせようとしているスレイの側で、ライラは険しい表情で言う。

「……人々の怒りや憎しみに溢れかえっていますわ。」
「ホントね。……嫌になるわ。」
「……スレイ、向こうに!」

ミクリオが、崖下にルーカス達を見付けた。
その方向を見たスレイも頷く。

「皆頼むぞ!」
「援護は任せて。」

スレイが神依化し、ローランス軍を一掃する。
それを見ながら、ルミエールも天響術を唱えた。
スレイに近付く兵士達を牽制するためだ。

「炸裂せよ、エナジーブラスト!!」
「うわぁっ!?何か爆発した!!」
「何だ?何が起きたんだ!?」

目に見えない天響術に、足を止めた兵士達の合間を縫って、ルミエールもスレイを追い掛ける。
遠目に見ていた兵士達は、若い男女に刃を向けた。

「な、何だっ、何が起こっていやがる!」
「ば、化け物だ……。」

ルーカスも、今まで見た事の無い光景に驚愕した。
これが、導師と従士の力。
近付く兵士達を牽制するルミエールの傍らで、スレイはルーカスに笑いかけた。

「……ルーカス、帰ろう。
……退け、ローランス兵!」

スレイは辺りを見渡した。
兵士達は、頭に響くその声に、明らかに色めき立つ。

「次は無い。……退け!」

そう言いながら、スレイはエドナの力を借りて、地面から岩を出現させた。
何も無い砂場に、突如として岩が現れるのを見せられた兵士達は、パニック状態に陥った。

「……あ、悪魔だ……!ハイランドが悪魔を連れてきた!」
「退け!退け!」

我先に、と逃げていく兵士達を見送ったスレイは、ルーカスに向き直る。
しかし、彼らも兵士と同じ様に顔を強張らせていた。
そんな彼らに、スレイはいつも通りに笑う。

「……本当に無事で良かった。」

そう言って、スレイは歩き始めた。
ルーカス達の怪我をそっと治したルミエールも、慌てて彼の背中を追う。

「スレイ、彼らもきっと分かってくれる。」
「今は、驚いてるだけだよ。」
「そうですわ。」
「ありがとう……。気休めでも、今は嬉しい。」
「泣いても良いけど?」
「うぅん、まだ終わってないから。」

勝利を納めたハイランド。
その影で、泣き笑いを浮かべている導師の姿があった。
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