風の螺旋階段

□Episode03
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「オレも行く!」
「そうだな。彼らをみすみす死なせてしまうのは、目覚めが悪い。」
「いけません!」

ルーツの元へ急ぐスレイとミクリオだったが、焦った様なライラの声に、二人は揃って振り返る。

「導師が戦争に介入すれば、手を貸した陣営に勝利をもたらしてしまいます!」
「じゃあ!黙って見てろって言うのか!!」
「そうよ。こういうのは、人間達が落とし所を見付けるしか無いの。」

声を大きくして反論するスレイに、エドナが淡々と諭す。

導師の力があれば、救える人々もいる。
諦めきれないのか、そう反論するスレイ。しかし、ライラは頷かない。

「確かに、導師であるスレイさんの力で、ハイランドの人々は救えるかも知れません。……ですが……。」
「……その代わりに、ローランスの人々は救えない、か。」
「そう、それが戦争。
戦争に、正義も悪も無いんだから。」

大きすぎる導師の力。
迂闊に戦争に介入してしまえば、ただでさえ大きな歪みを生む戦場で、その歪みがどこまで肥大してしまうか、誰にも分からないのだ。

「……分かった。ルーカス達も、村の人と一緒に避難してもらおう。それなら良いだろ?」

街の人々にも、ルーカス達にも死んでほしく無い。
そんな導師の提案に、それならばと、ようやくライラも頷いた。
入れ違いになる前にと、急いでルーカス達の所へ行く。

「お?忘れ物か?」
「ルーカス。村の人達と一緒に避難して欲しいんだ。」

茶化すようなルーカスの言葉を聞き終わる前に、スレイが避難してくれ、と口を開いた。
もちろん、彼らも傭兵だ。
簡単に頷くはずがない。

「何故だ!?戦場は俺達の仕事場だ!
それに、せっかくマーリンドもここまで立ち直ったんじゃないか。ローランス軍にめちゃめちゃにされても良いのか!
しかもこの街の近くには、孤児院だってある!下手をしたら、戦争に関係無い子供達も皆殺しだぞ!!」
「……オレは、ルーカス達が心配なんだよ!」

真摯なスレイの言葉に、ルーカスが考え込む。
だが、頷くまでには至らない。

「……孤児院はどうするんだ。」
「嬉しいな、心配してくれるんだ。
……先生は情報が早いから、きっともう避難の準備進めてる。」

この街だけでなく、孤児院の事まで考えてくれたルーカスに、ルミエールは心配いらない、と笑いかける。
外が騒がしくなっている事は、既に気付いているはず。
ルミエールの言葉に、ホッと安堵したように息を吐いたルーカスは、仕方がない、と言わんばかりに肩を竦めた。
どうやら、思い止まってくれたらしい。

「……グリフレット川を越えた先まで避難しよう。
何なら、俺達が護衛でもするか。」

ルーカスはそう笑うと、すぐに表情を切り替えて、てきぱきと指示を始める。
数人が、先に孤児院へと向かい、避難先へ向かうように指示を出し、他の者達には、マーリンドの人々と一緒に行動し、避難の準備を始めた。
その様子を眺めながら、ルーカスは誰に言うでもなく呟く。

「……悔しいな。ようやく活気が戻ってきたこの街を見捨てるのか……。」
「大事な物は、はっきりしてるから。」
「……へっ、敵わねぇなぁ、導師殿にはよ。」
「ありがとう、ルーカス。」

スレイの言葉に頷いたルーカスは、自分も準備をするために、街の奥へ消えた。



******



避難の準備も完了し、街の人々と共に
グリフレット川へ移動すると、そこには既に、ハイランド兵士団が待ち構えていた。
反対側からは、孤児院の面々が確認できる。
ルミエールの姿を認めた子供達が、わずかに嬉しそうに笑顔を浮かべた。

物々しい空気の中、彼らの後ろから、見せ付けんばかりの勲章を着けた隻眼の男が、ゆっくりと現れる。
彼は、避難してきた人々を尊大に見下ろしながら口を開く。

「私は、ハイランド軍師団長ランドン。この場に導師はいるか?」

ランドンはスレイを指名した。
何故導師が、と不安げに顔を見合わせる々に、兵があろうことか槍を向けたのだ。
その様子を見ていたスレイが、険しい表情で前へ出ると、ランドンは眉を歪める。
その様子を見ていたルーカスも、その隣に並んだ。

「ランドン師団長殿、導師に御用でこの戦列か?」
「……貴様は……、木立の傭兵団、ルーカスだな。
丁度良い、貴様も聞け。アリーシャ殿下の件だ。」

アリーシャと聞いて、ルミエールは思わず怪訝な顔をした。

いわく、導師を利用した国政への悪評の流布と、ローランス帝国進軍を手引きした疑いが掛けられたアリーシャは、その身を拘束されたと。

「そんな馬鹿な!」
「あり得ない!アリーシャはそんな事しないし、進軍の手引きなんかしてない!
オレ達が証言出来る!!」

だが、スレイとルミエールの反論にも耳を貸さず、ランドンは言い放つ。

「導師スレイが力を振るい、我らがハイランドに勝利をもたらせば、その容疑も晴れるとの事だ。」
「それは脅迫だ!!」

ルミエールが馬上の男を睨み上げるも、ランドンは応じなければ、アリーシャ殿下の安全は保証できない、とその言葉を覆す様子は無い。
歯噛みするスレイに、ライラは要求を呑むことを進言した。

「……スレイさん、受け入れましょう。」
「仕方無いかもね。もし、このままアリーシャが命を落としたら……。」

スレイもルミエールも、きっと自らを責めてしまう。
そうなれば、いくらスレイでも、穢れと結び付きかねない。
ルミエールとしても、大切な友人を失っては、自浄の限界を越えかねない。

「穢れた導師は、戦争なんかとは比べ物にならないほど、世界を悪い方向へと誘うわ。」
「ほら、さっと行ってさっと終わらせよう。
きっと何とかなる。僕達が付いている。」
「……行こう、アリーシャを助けに。」

仲間達の言葉に続いて、ルミエールも、スレイに頷く。

「……俺が戦えば、アリーシャを開放するんだな?」
「勝利をもたらせば、だ。」

勝利は譲らないランドンに、渋い顔をするスレイの肩を、ルーカスは軽い調子で叩いた。

「俺達も行くぜ。やっぱ、戦いもせずに逃げる事は出来ねぇよ。
俺達には、数々の戦いで得た誇りがあるんだ。」

それを確認したランドンは、勿体ぶって頷く。

「良かろう。指揮官は私だ。それを忘れるなよ。
では導師、戦場で待っているぞ。」

指揮官となったランドンは、先に戦場に向かって行く。
その後ろ姿に、ジャックが小石を投げ付けた。


「ジャック!」

止める間も無かった。
幸い当たらなかったが、兵士達が一斉にまだ幼い少年を睨み付ける。

「……子供のいたずらだと、目を瞑ってください。」

そう頭を下げた院長先生に、気を付けろ!と声高く命じた兵士達は、ランドンの後を追って去っていった。
俯いたスレイに、ルーカスは笑って俺達がいれば導師の出番は無いと、笑いながら先に団員たちと共に戦場に向かった。
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