幼少期編

□Episode02
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「春茉、これ持ってて。」
「……このおかしをもって、どこにいくです?」
「引っ越しのご挨拶よ。」

積み上げられた段ボールの整理が一段落した頃、春茉は母親に連れられて、近所への挨拶回りの為に、外に出た。
本当は、早く帰ってトモダチと絵本を読みたい。
だから、駄々を捏ねずに大人しく従っているのだ。

「最後は……、このお隣さんね。」
「……ほへー……。」
「さっきも思ったけど、大きいお宅ねー……。」

連れ回され、そろそろ疲れてきた頃、最後の挨拶回りとして連れてこられたのは、他の家と比べて、一際大きな家だった。

「今日引っ越してきました冬泉です。」
「まぁ、ご丁寧にどうも。
そちらは娘さんかしら?」
「はい、娘の春茉です。」

さ、挨拶を、と前に押し出された。
これももう何度目になるだろうか。

「……はるなです、よんさいです。」
「まぁ……、フフ。
指が三つになってるわよ。」
「……??」

首を傾げると、挨拶をした家の女の人は、笑いながら春茉の指の形を変える。
見れば、確かに立っている指が一本足りない。

「よ、四さいです!」
「はい、良く出来ました。
春茉ちゃんも四歳なのね。
うちの子も同じなの。」

ちょっと待っててくださいね、と言い残し、女の人は家の奥に消えた。
残された春茉と母親が顔を見合わせていると、家の奥から再び女の人がやって来た。
今度は、その後ろに小さな影も見える。

「あっ。」「……あっ。」
「典明です。……もう顔合わせてたみたいですけど。」

小さな影は、昨日出会った新しい友達、典明だった。
彼の母親の影から顔を出した典明の更に後ろには、緑色がいる。

「のりあきくん!」
「はるなちゃん!
ひっこしてきたの、はるなちゃんだったんだね!」
「のりあきくんのおうち、おっきいからびっくりしたです!」
「あらあら、もうすっかり仲良しねぇ。」

もう春茉の頭には、早く帰って絵本を読む、という考えは全く残っていなかった。
典明に誘われるままに、今は彼の部屋にお邪魔している。
春茉の母親は、花京院家に娘を預けて、先に家に帰ってしまった。

「うわぁ……!ほんがいっぱい……!!」
「はるなちゃんも、ほんすきなの?」

彼の部屋は、本や漫画、ゲームで埋め尽くされていた。
ずらりと並んだ本を眺めて、うっとりとしている春茉に、典明はクスクスと笑う。

「む、わらわないでほしいです。」
「フフ、ごめんね。
……このほんがよみたいの?」
「……へ?
…………あぁーっ、ダメです、もどしてくるです!!」

典明と話していると、いつの間に姿を現したのか、春茉のトモダチが一冊の本をくわえて、嬉しそうに飛び回っている。
取り返そうにも、手が届かない高さだ。
跳び跳ねたところで、あまり意味はない。

「うぅ……、ひとのものとったらドロボウです……。」
「だいじょうぶ、かしてあげるから、はるなちゃんはドロボウにはならないよ。」

そう言ったら典明の言葉に、春茉の表情が沈んだものから底抜けの笑顔に変わったのは、言うまでもない。
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