魔核泥棒編

□第八羽
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「おっ、嬢ちゃんやっと来てくれたね!
もーぉレイヴンの旦那はこんな娘ほっぽりだすなんて…!」
「フフ、お上手ですね、マスター。」
「お上手だって!
それは弥槻ちゃんのお歌を上手いって言うんだって!」

ラーギィとぶつかったギルド団員を宥め、次の仕事も無くそのままハリーと別れた弥槻は、久しぶりに酒場に来ていた。
レイヴンがダングレストを離れてから、この酒場に来るのは初めてだ。
それまでは、よくこの場所でも歌った。

「マスター、いつものカクテルお願いします。」
「了解、ちょーっとお待ちを。」

弥槻の注文した品を作るため、店主がその場を離れる。
それを見計らったように、音も無く隣の席に男が現れた。
蒼い髪、青いスーツ、切れ長の目。

「お一人デースカ?レディ?」
「!?」

一瞬ラーギィの声かと思うほど、昼間聞いた声と似ている気がした。
だが、おどおどもしていないし、そもそも彼は、英語混じりの話し方ではなかったはずだ。

「ユーが最近有名なシンガーだとお見受けしますガ?」
「……有名かは分かりませんが、よく歌ってます。」
「フッフン。
ユーのソングを聞かせて欲しいデース。」
「…………それは、」
「ヘイ、マスター!」

弥槻の話を最後まで聞かず、名も知らぬ彼はマスターを呼び、手早く歌うセッティングをするように頼んでいる。
マスターも、久しぶりに弥槻の歌を聞けるとあって、二つ返事で了承した。
他の客も、期待した眼差しを向けている今、この場から逃げることは出来ないだろう。

「エクセレントな歌声、期待してマース。」

ウインクと共に背中を押され、弥槻は一ヶ月ぶりに酒場の小さな舞台に立ったのだ。



******




「エクセレーント!
ベリーベリー素晴らしいデース!」

一曲だけのつもりが、もう一曲、あと一曲とせがまれ、結局三十分ほど歌声を披露した弥槻は、相変わらず英語混じりの妙な喋り方をする男を睨む。
そんな弥槻の視線を気にもせず、男は店主に二人分の酒の代金を支払っている。

「レディ、今夜はミーのワガママを聞いてくれたお礼に、ミーの奢りデース。」
「……どうも。」
「ノンノン、スマーイルね!」

素っ気ない態度を取って距離を置こうにも、男には効かないらしく、ニコニコと読めない笑顔をその顔に貼り付けている。
短い時間で分かった。
弥槻は、この男が苦手だ。

「レディ、ユーとはまた会える気がしマース。」
「……私は会いたくないです。」
「ノーゥ、つれないですネ。

―…グッドラック、レディ。」

そう言い残し、軽く手を振りながら男は酒場を後にした。
扉の向こうにその姿が消えた途端、弥槻は一気に緊張が解けて、カウンターに突っ伏した。
店主に新しいカクテルを注文しながら、弥槻は深く溜め息を吐く。

(……やっぱり読めない…。)

彼の笑みは、目が笑っていない冷たい笑みだった。

「……はい、お待たせ弥槻ちゃん。」
「ありがとうございます…。」

差し出されたグラスに手を伸ばそうとした時、弥槻は突然激しい目眩に襲われた。
店主や近くの客が慌てる声が聞こえるが、自分の体が言うことを聞いてくれず、再びカウンターに頭を乗せる形になった。

「弥槻ちゃん!?」

『……あの笛を吹けるレディ………、』

呼び掛けられる声に混じって、先程の男の声も聞こえてくるようだった。

『………あの歌声、あの雰囲気…。
……報告したくねーデスヨ……。』
(……何の、事…っ!?)

そのまま引き摺られるように気を失った弥槻は、連絡を受けたハリーに背負われ、自宅まで送られた。

そしてその夜、ダングレストから遠く離れたハルルの街で、魔物の毒に侵された結界魔導器が、一人の少女の祈りにより、美しい花と共に蘇ったと言う。
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