常闇の光

□芽吹く
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持っていたガイドブックを鞄に仕舞うと、男は弥槻に再びウインクをすると、突然弥槻の額にキスを落とした。

「ひぇっ!?」
「なっ!?」
「It is the gratitude of a cherry tree.
It is blessing to a princess and a knight!」
(桜のお礼だよ。
姫と騎士に祝福を!)

そう言った男は、最後に弥槻の頭を一つ撫で、足取りも軽く遠ざかっていく。
顔を真っ赤にして硬直していた弥槻は、男がだいぶ遠ざかってから、ようやく思い出したように悲鳴をあげた。

「……っ、…は、」
「……………は?」
「ハレンチですよぉぉおお留学生さぁぁあんっ!」

その悲鳴が聞こえたらしく、小さくなった男から、手を振りながら声が返ってきた。

『Arrivederci, principessa caro!』
(サヨナラ、俺のお姫さま!)
「……あれっ?」
「別れの言葉のようだな。」
「うん…、でも…。
英語じゃない…。
アリーヴェデルチプリン…?」

手を振り返しながらも、初めて聞いたらしい別れの言葉に、弥槻も戸惑い気味だ。
それに、一息で言われたため、どこで文脈が切れるのかも分からない。

「……アリーヴェデルチ…、サヨナラ…か…。」

一番大きく聞こえた部分が別れの言葉だろう。
そう見当をつけたシュヴァーンが、考え込む弥槻には聞こえないよう、口のなかで小さく呟く。
途端に脳裏に広がるのは満開のハルルの樹。
その花が、未だ花開かない街路の樹から咲きこぼれているかのような錯覚が起き、シュヴァーンは今自分がどこにいるのか分からなくなってきた。


ー…これが、帰る鍵なのか?
掴み取ってしまっていいのか?


迷う間に、錯覚はあっという間に引いていった。
瞬きをすれば、目の前には心配そうに顔を覗き込む弥槻。

「大丈夫だ。
…ちょっと疲れちゃっただけ。
ほら、早く帰んないと、時間を取った訳だからな。
あの青年には悪いけど、また満開になってから来ればいい。」

無理矢理話を逸らしたのは分かっている。
口を挟む余裕すら与えず言い切ったシュヴァーンに、弥槻は相変わらず不安そうな顔をしながらも、大人しく帰路についた。
数歩遅れて歩きながら、シュヴァーンは、桜が咲く頃がタイムリミットなのだと朧気に悟った。




((……また、この光を失うのか…?))
((……どうしたのかな、シュヴァーンさん…。))

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