常闇の光

□奏-かなで-
3ページ/5ページ



「…朝からずっとここにいたんです。」

そう言って弥槻が案内してくれた部屋は、その真ん中に上品な光沢を放つ物がズシリと据えられていた。

「……これは…?」
「あ…、シュヴァーンさんの世界には無かったですか?」


ピアノです、そうシュヴァーンに言いながら鍵盤に触れれば、優しい音が奏でられる。
周りを見れば、こちらの世界の楽器だろうか、様々なものが整然と並んでいた。


「音楽が好きなのか?」

朝からいたということは、そうとしか思えないのだが。
シュヴァーンの言葉に、弥槻は困ったような笑顔を浮かべる。


「…好き…と、言うより…。」
「……………?」
「…ここは私が…『私』でいられる場所なんです…。」

そのまま弥槻は背中を向けたため、表情は見えない。
だがシュヴァーンは、その声が涙を堪えているような気がしてならなかった。


「聞かせてくれないか?」
「………え?」
「ピアノ。
………練習していたのだろう?」


驚いてこちらを見たその瞳は、やはり涙が溜まっていた。
弥槻は人に聞かせられるような物では無いと、必死に断ろうとするが、シュヴァーンもここは譲れない。

「………俺は聞いてみたいんだが…。」
「…うぅ…。い、1回だけですからねっ!」
「……ありがとう。」


結局弥槻が折れ、恥ずかし気にピアノの前に座った。
シュヴァーンも少し離れた壁に背中を預ける。



(…曲というより唄、だな…。)


もの悲しい旋律、歌詞もどこか悲しげな歌。
良くのびる透き通った声。
低音から高い音、前の音を引き摺らないその切り替えは、音楽にさほど詳しくないシュヴァーンも驚いた。
何故かその曲は、ちょうど【あの時】の自分の空虚さをあらわしているようで、いつしかシュヴァーンは呼吸を忘れていた。

演奏が終わった弥槻は、1つ息を吐いて腕を膝に乗せる。

「…ど…どうでした…?」

目を閉じたまま何も言わないシュヴァーンに、弥槻が不安げに声をかける。
その声にハッとしたシュヴァーンは我に返り、動揺を面に出さぬよう、努めて平静に返した。

「これを人に聞かせたことが無いのか?」
「……へ?」

シュヴァーンの言葉は、弥槻が思っていたものとは全く違った。

「…これを最初に聴いたのは俺か…。
金を取られても文句は無いな。」

そう言うと、シュヴァーンは小さく拍手をしてくれたのだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ