片翼の影

□十四ツ影
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「……な、何、あれ……!?」
「アイドントノゥ……。
あんなモノがいるなんて、聞いてないですヨ……!」

何処からやって来たのか、突然巨大な魔物が現れ、弥槻とレイヴン達の間を隔ててしまったのだ。

「次から次へとまぁ邪魔ばっか……!!」
「あれがカロルの言ってた魔物か!?」
「ち、違う……。あんな魔物、見た事無い……!」

巨大な魔物が視界と進路を塞いだせいで見えないが、向こうからユーリ達の会話が聞こえてくる。
向こうは無事らしいと安堵したのも束の間。
魔物が突然頭上を仰いで、雄叫びを上げたのだ。
近い距離でその雄叫びを聞いた弥槻達は、そのあまりの大きさに身体の自由が奪われ、誰もが動けなくなってしまった。
ビリビリと震える空気の中で何とか目を開けた弥槻は、驚きで目を見開く。
周囲が見えないほど充満していたエアルが、急激に薄くなって来たのだ。
まるで、ヘリオードで弥槻がエアルを吸収した時のように。
だが、この様子はまるで……。

「エアルを食べてる……?」

どうやら魔物は、エアルを自分の中に取り込んでいるようだ。
そして、見えなくなるほど薄くなるまでエアルを取り込むと、魔物は再び雄叫びを上げた。

「……っ!!」

肌が粟立つような感覚に、弥槻は気付かぬうちに隣に立つイエガーの服を握り締めていた。

怯えか、もしくは威圧か。
身体がすくむってこんな時に使うのか、と弥槻は何処か他人事のように考えていた。

「か、身体が、動かない……!」
「こ、こんなのって……。」
「うぐぐ……っ!」

どうやら、それは向こう側も同じらしい。
全員がその魔物の威圧感に圧され、動けなくなっていた。
そんな空気の中、魔物はゆっくりと身体の向きを変えて、弥槻の方に視線を向けた。

レイヴンの焦ったような呼び声が聞こえるが、あいにく、今の弥槻にはそれに応える余裕は無い。

「……な、何……?」
『……………………。』
「何でそんな目で見られなきゃいけないの!?」

そう、弥槻を見る魔物の目は、とても哀しげで、それでいて憐憫の色が見て取れるのだ。
そんな目を向けられる理由が分からない。
悲鳴のような声を上げた弥槻に構わず翼を大きく広げた魔物は、そのまま何処かへ飛び去っていった。

「……お、動ける……。」
「うわーん!レイヴンさーんっ!!」
「弥槻!大事無いか!?」
「怖かったです……っ!」
「……悪かった。でも、無事で良かった……。」

動けるようになると、弥槻がイエガーの腕から抜け出してレイヴン目掛けて駆け出した。
安堵のせいか、はー……、と大きく溜め息を吐いたレイヴンを押し退けて、リタも何やら血相を変えて飛んでくる。

「何もされてない!?
……ごめん、あたしの魔術が暴走したせいで、こんな……。」
「大丈夫です、みんな助けに来てくれたから……。」
「……弥槻が大事無くても、何回も目の前で担がれるの見せられちゃあ心臓に悪いわ……。」
「……す、すいません……。」

リタにまでそう言われた弥槻は、居心地の悪さに、思わず視線をさ迷わせた。

「まぁ良いだろ。
弥槻も無事だし、ここも通れるようになった。
おっさんもリタも、そう必死になるなって。」
「……それにしても、何だったんだろ、今の……。」
「……暴走したエアルクレーネを、さっきの魔物が正常化した……?
つまり、エアルを制御してるって事で……、ケーブ・モックの時に、あいつが剣でやったのと同じ……?」

ユーリの言葉に、リタは先ほどの魔物がやった事について考え込み始めた。
完全に思考に耽っている彼女に、後ろを歩いて来たユーリが、呆れたようにもう大丈夫なのかと確認すれば、リタはハッとしたように顔を上げて頷いた。

「よし、突撃なのじゃ!」
「あ、パティ!
足元気を付けてください!」
「……そして、いつの間にフルールさんと合流しているんですか……。」

リタに安全だと言われたパティは右手を上げると、一人で通路へ走り出した。
止めようとしてか、エステリーゼも一緒に走っている。

「気になるのかしら?」

そんなやり取りを遠目に、ジュディスはまだエアルクレーネの方を気にしているリタに声を掛けた。

「そりゃそうよ。
あれを調べる為に旅してるんだし……。」
「どうすんだ、リタ。」
「分かってるわよ。分かってる、今はあいつを追う時……。でも……、」

迷っているのか、リタは返事をしながらも、視線はエアルクレーネから動かない。
やはり、この場を調査をしたいのが本音らしい。
彼女の旅の目的は、本来エアルクレーネの調査なのだから、当たり前とも言えるが。

「そいつは、何処かに逃げたりすんのか?」
「逃げる訳ないでしょ!……あ。」

そう叫ぶように答えてから、リタも気付けてらしい。
彼女は少し気恥ずかしそうに沈黙した。


「……良いわよ、行きましょう。」
「よし、決まりだな。」
「さて、ラーギィを今度こそ叩き潰しに行こうぜ!」

ユーリの言葉に、先で待っていたパティやエステリーゼも頷いて、皆が逃げ去ったイエガーを追い掛けて走り始めた。
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