片翼の影

□十三ツ影
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「逃がさない……。」

逃げようとするザギにジュディスが追い縋るが、彼女が追い付く前にエステリーゼが悲鳴を上げた。
その傍らでは、意識が朦朧とするせいで突進してきた魔物を避けきれず、弥槻もバランスを崩して倒れ込む。

「おい、弥槻!大丈夫か!?」
「エステル!しっかりしてよ!」

二人を助け起こしているレイヴンとリタの横をすり抜けて魔物の群れへと走るユーリが、ジュディスの意識をこちらに向けさせた。

「ジュディ!あの変態より、今は魔物の掃除が先だ!!」
「……えぇ、そうね。分かったわ。」
「無理すんなって!弥槻ってば!!」
「……だって、この数ですよ?
休んでなんか、いられません……!」

ユーリとジュディスの会話をしり目に、弥槻はレイヴンを見上げて戦わせてくれと懇願する。
何も言わないレイヴンに、諦めて無理矢理立ち上がった途端視界が揺れるが、戦えない程ではない。

「……出来ます。」
「……分かった。
この数だし、おっさんもそんなに気を使えないからね?」
「大丈夫です。」

弥槻の言葉に一瞬目を伏せたレイヴンは、次の瞬間一つ頷いて、二人は魔物の大群に突っ込んでいった。





******



「倒しても倒しても減らない……!
どれだけの数を飼ってたって言うんですか……!」
「口を動かす前に手を動かしなさいよ!!」

倒しても倒しても現れる魔物の大群に、弥槻達にも疲労の色が見え始めた。

「あーもぉ!鬱陶しいってのよ!!
まとめて倒す……!」

そう言ったリタが、魔術の詠唱を始めた。
かと思うと、目に見える程のエアルが、彼女の周囲に集まり始めたのだ。
リタはもちろん、近くにいた弥槻も目を丸くして驚いているうちに、魔術の術式は完成した。

「……デモンズランス!!」

刹那、闘技場に爆発が起きた。
その閃光と爆音に、誰もその場から動けない。

「……なに、が……。」

視界が戻った時には、既に魔物の半分以上が消滅していた。
そして、リタのすぐ傍で、弥槻が自分の胸を押さえて膝を着いているのだ。

「……っ、ぅ……!!」
「弥槻!!」

レイヴンの声が、随分遠く聞こえる。
声も上げられないほど身体が怠く、指一本動かすことさえ億劫だ。

「きゃあっ!?」
「エステル!!……な……っ、お前は!」

エステリーゼの悲鳴と、ユーリの怒声と。

「おい、弥槻から離れろ!!」
「…………お断りデース。」

緊迫した空気の中、フワリと身体が浮かぶ感覚が弥槻を襲った。
うっすらと瞼を開けると、地面がやけに遠い上、腹部に圧迫感がある。

「ラーギィ!!」
「この二つは頂きますヨ!!」
「は、はなして……!」

聞き覚えのある話し方。
ラーギィと呼ばれているが、こんな特徴的なしゃべり方をする人間など、一人しかいない。

「イエガー……!」
「イエース。……バット、このままでは、ユーは死んでしまいマース……。
マイマスターは、それをお望みではありまセン。」

そう喋りながら、担いでいた弥槻を器用に腕に抱え直したラーギィ……、もといイエガーに連れられた弥槻は、いつの間にか闘技場から、そして街を出ようとしていた。

「……っ、訳の分からない事を言ってないで離してください!!」
「ノンノン、それは出来ないのデース。」
「ワオーーーン!!」
「……!ラピード!!」

あくまでも離してくれる気は無いらしいイエガー。
暴れようにも、未だに力が入らない弥槻は、それさえも叶わない。
追い付いてきたラピードに、イエガーは舌打ちをして、殺れ、と一言指示をした。

「……っ、ラピード!!」
「ガウ……っ!!」
「アウチっ!!」

降り注ぐボウガンの雨のなか肉薄したラピードは、イエガーに噛みついた。
蹴り飛ばされながらも、その口には、しっかりとイエガーの来ている作業着の切れ端がくわえられている。
ニヤリと笑うように歯を見せたラピードは、弥槻に一瞥を残すと、あっという間に来た道を戻っていく。
ユーリ達が追ってくる手掛かりを取りに来ただけらしい。

「ち……っ!早く、早く行かなければ……!!」

息を切らせて、イエガーが走り続けている頃、騒然とした闘技場で、弥槻が拐われた方向を見詰めて、一人の男が拳を震わせていた。

「…………手ェ出さねぇつっただろうがよ……!!」

その碧い瞳には、怒りの炎が爛々と燃えている。

「れ、レイヴン……?」
「……今ならまだ……っ!」

少年が自分を呼ぶ声も耳に入らない様子のレイヴンは、切羽詰った様子で闘技場の外へ飛び出した。
しかし、外にいたのは闘技場の混乱に集まった野次馬ばかりで、肝心な可愛い娘の姿は何処にも見当たらなかった。
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